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□夜を飲み込んだうさぎ
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「鈴」
声に反応したかのように、女の腕の飾り鈴がちりんと鳴った。
「それは私の名前ではありません」
「仕方ないだろ、あんた名前教えてくれないし」
「必要ないでしょう」
「それじゃあ、愛しい人と夢で出会ったら何て呼び掛ければいいんだい?」
「またそのようなことを…」
「街で踊っているあんたに一目惚れしたんだよ」
「信じられませんね」
男の告白はすぱりと切って捨てられた。
男は困ったように肩を竦める。
女は旅芸人で、名を持たなかった。
「まぁいいか、今は手を伸ばせばあんたに届く。呼ぶまでもないかな」
そう行って女を引き寄せる。
着飾られた踊り子の衣装は、はだけられて足元に溜まっていた。
腕に括られた鈴だけがそのままで、時々りん、と音をたてた。
真白な首筋にに男が口を寄せて吸う。
手のひらで体の筋を確かめるように撫でながら、身体を絡めていった。
抱きすくめられながらも女は無表情に立ち尽くしている。
男は何かを探すように女に触れた。
(こうやって、どうしたら君の心に届くのか試しているんだ。それが夜の恋ってやつだろう? )
「指をいれることまで許したつもりはありませんよ、かぶき者」
「俺の名前は慶次ってゆうんだよ」
夢の中で会ったなら、そうよびかけてやってくれ。
男はそう言って笑った。
女は何も語らなかったが、是とも否とも取れぬ音で鈴だけがりんと鳴いた。