長編2

□なにがあっても5
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「あかね…入るぞ?」



ゆっくりと引き戸を開けると
道場の奥にあかねの後ろ姿があった。

制服のまま着替えもせず
地べたにペタリと座り込みながら、

“いろは”の文字を
ぼんやりと見上げている。


その空気は、
思っていたよりも
声をかけづらいものがあった。



「…何?」

あかねに声をかけられ、恐る恐る近付いてみる。


「飯…食わねえのかよ?…みんな心配してんぞ。」

「うん…今日はなんだか食べたくなくて。」


久しぶりに言葉を交わしたというのに、
あかねは一切こちらを振り返ろうとはしない。

残念ながら、相変わらず
心ここに在らずといった様子だ。


何か、話さねぇと。

覚悟を決めて挑んだものの、
いざあかねを目の前にすると
どうしても言葉が出てこなかった。





すると、しばしの静寂の後……


「ムースは本当にシャンプーが好きなのね…。」

あかねが突然、独り言のように
ポツリポツリと話し始めた。


「それに、シャンプーだって…」

「え…?」

「頑張ってみようと思ったんだけどな…。
残念だけど、お似合いだわ、あの二人。」

「……。」


細かい経緯は不明だが、
シャンプーに対するムースの愛情を
あらためて思い知る出来事が起きたのはわかった。

何を今更と思うが、
今のあかねにとっては辛い現実だ。


「…ざまーみろって、思ってるんでしょ?」

「んなこと…!」


思わずカッとなった乱馬が
あかねの顔を覗き込んだ時、

あかねの横顔を見てギクリとした。


あかねの横顔に、見覚えがあった。

ありすぎた。



それは乱馬とあかねが出会った頃と同じ、

とても辛そうで、悲しそうな顔。






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