アオイトリ
□アオイトリ〜始まる日〜
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出身校でもある、私立学園の高等部に私が英語教諭として勤めて五年。
担任は持っていないものの、二年の英科を担当し、演劇部の顧問として生徒を指導し、先日同僚の彼と婚約し、結婚が決まった。
順風満帆、そう思っていた。
――その日、その彼に呼び出されるまで。
「すまない」
お前が悪いんじゃない、と彼は何度も言った。全て、自分が悪いのだとも。
常になくまわりくどい彼の言い訳を要約するならば、私の他に好きな人が出来て、本気で愛してしまった今、私と結婚することは出来ないので婚約を白紙に戻して別れて欲しい――ということ。
なんじゃそりゃ、と思わないでもなかった。
土下座の勢いで深く頭を下げる、婚約者であった目の前の男をボウと眺める。
同僚である彼との付き合いは、学生時代を含むと九年になる。
そのうち、六年が親友、あとの三年が恋人関係ということになるが、こんな彼を見るはめになるなんて思わなかった。
結納は済ませてないし、まだお互いの両親とも顔を合わせてない段階だったので、婚約破棄というのは大袈裟かもしれないけれど、
これって私、キレていい場面よね?
泣いてなじって罵倒して、当然の場面。
――だけど、この部屋と繋がっている理科準備室のドアから、こちらを伺っている女生徒に気がついた瞬間、生来のプライドの高さが、私にそうすることを許さなかった。
左手薬指にはめていたリングを抜き取り、頭を下げる彼の前に置いた。
小さなダイヤのついた、今年の誕生日に彼から貰ったばかりの指輪。
ハッとして彼が私を見る。
愛していると思っていた男の眼を見つめ、私は言った。
「わかったわ。……だけど、貴方を許すわけじゃないから。許されるとも思ってないわよね? ――じゃあ、さよなら、藤岡先生」
大人のオンナらしく、あっさりと私は別れ話を切り上げる。
ごめん、と重ねて詫びながら彼が安堵しているのがわかった。
彼が教え子に手を出すなんて。
そう思うと、呆れるより、諦めが先に立った。
長い付き合いだから、一時の情熱に流されてじゃなく、どうしようもなく気持ちが持っていかれたんだと、説明されなくとも分かったから。
私より、彼女を選んでしまうほどの想いがそこにあることが、分かってしまったから。
外に出る前に、彼の新しい恋人であるらしい女生徒を確認する。
二年の清楚系美少女として密かに人気の高原さん。
涙を大きな瞳に溜めて、頭を下げた彼女に余裕の笑みを投げて、私はその場から立ち去った。