アオイトリ

□アオイトリ〜始まる日〜
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「はぁ……。若い娘にオトコ盗られちゃったよぅ……」

 改めて言葉にすると更にヘコむ。
 私は人気のない、屋上に続く階段に膝を抱えて座り込んだ。

 カッコつけて指輪返さなきゃよかった。売ればいくらかにはなったのに。ヤケクソ気味にそんなことを思う。

 あ〜あ、どうしようかなぁ。
 彼と付き合ってたのは隠してなかったし、両親や友人にも、今付き合ってる人と結婚するよと言っちゃってたのに。

 なにより落ち込むのは、彼に振られたことよりも、結婚がダメになったと周りにどう説明しよう、なんていう心配のほうが先に立つことだ。

 それって結局、彼を何よりも好きな訳じゃなかったってことでしょ?

 なのに結婚するつもりでいて、できなくなったことにショック受けてるって、自分で自分が情けない。

 気が付いてないわけじゃなかった。

 もともと友人だったし、お互いいい歳だし一緒にいて楽な相手だから結婚するか、なんて感じで始まった交際だった。

 身体を重ねてもスキンシップのようなもので、そこに情熱も情欲もなかった。
 それすら数ヵ月前からなくなっていて。
 彼がときどき、すまなさそうに微笑むのだって気付いてた。

 ――ずっと、気付かないふりをしてたんだ。

 ぽろ、と涙がこぼれて、そんな私に泣く権利はないと手で拭おうとしたときだった。
 目の前にきちんとプレスされたハンカチを差し出されて、私は瞬く。

「……大丈夫ですか?」

 見上げると、心配そうな眼差しをした青年が、私を覗き込んでいた。
 仕立てのよいスーツに長身を包み、ゆるくウェーブのかかった薄い色の髪を綺麗に整え、銀にも見える不思議な灰色の瞳の持ち主である彼は、年下の上司。
 昨年、二十四歳という若さでうちの学院の理事に就任した古賀暁臣様ではないですか。

 うぅ、いい男にカッコ悪いとこ見られたぁ。

「……やだ、大丈夫です理事長。ちょっと自己嫌悪で、」

 言って微笑んだ私を何故か痛そうに見つめて、ハンカチを手に押し込んでくる。
 マスカラついちゃうのにな、と思いつつも、擦るともっと酷いことになるので有り難くお借りした。

「――そうやって、ひとりで泣くくらいなら、どうして彼を責めないんです」
「え……」
「……すみません。通りがかったときに聞いてしまいました」

 申し訳なさそうに目を伏せる理事長は、私と彼の別れ話を目撃してしまったらしい。

 うわぁ。マズイかしら。職場恋愛が禁じられている訳じゃないけど……って、まさか彼の相手が生徒だってことは。
 バレて、ないよね?

 もう、何で私が慌てなくちゃならないのよ?

 
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