アオイトリ
□L'Oiseau bleu.
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「茅乃ちゃんのおヒスー」
「理事長様ご機嫌ようー」
「くれぐれも手出し無用で!」
口々に投げられる嫌みのない悪態につい吹き出してしまう。
「……すみません、礼儀がなってなくて……」
頬を染めながら謝る彼女に首を振る。
「いえ、面白かったです。名門、良家の子息揃いと言われていても生徒は普通の子達のようで安心しました。
楠木先生、人気者なんですね?」
「舐められてるんですよ……貫禄なくて、茅乃ちゃん呼ばわりされちゃってますし」
眉を下げて嘆くのに、私は微笑んだ。
「それだけ親しまれているんでしょう。口でどう受け答えしても、言われた通りちゃんと教室に戻るというのは、信頼がなくては出来ないことですよ」
「だったら嬉しいんですけど」
はにかんだ笑顔を見せる彼女は自分より二歳年長には見えず、少女のように可愛らしくて。
そう感じた自分に内心驚く。
何だろう、この感情は――。
「楠木先生」
ある教室の前を通りかかったとき、ドアが開いて眼鏡をかけた男が顔を出した。
「藤岡先生、」
ふんわりと、今までとは違う女らしい笑顔になった彼女を見て、チリ、と胸がやけつく。
「物理を担当しています、藤岡正紀です。窓から来られるのが見えましたので、授業中ですがご挨拶だけでもと」
「古賀です。どうぞよろしく」
言った通り挨拶だけしてすぐ授業に戻った男と、密かにアイコンタクトを交した彼女の左薬指に指輪が光っていることに、そのとき初めて気が付いた。
約束の相手がいる印。
思えば、輝くような笑顔は、あの男に愛されている幸せが生み出したものだったのだろう。
そうとは知らず、その笑顔に魅せられ、気付かぬうちに心を奪われていた自分がいて。
彼女と接する度に惹かれていくのを止めようもなかった。
そんなふうに初めてともいえる強い恋情に戸惑っている間に、彼女と藤岡との結婚話は進む。
今更、出る幕もなく。
出会って一年。校長から直接、婚約したらしいと話を聞き、彼女の幸せが一番だと自分を無理に納得させていた――と、いうのに。
ある日見かけた彼女からは、あふれんばかりの笑顔が消えていた。