アオイトリ

□]〜青い鳥・Side茅乃〜
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 十も年齢が違う年上の女を、何故香坂くんがそうまで想ってくれたのか、わからない。
 彼の気持ちを拒む私には、知る権利もないから、訊ねることもしない。

 陥れるような手段を使おうとしたことに、憤りを感じても良いものだが、そうした彼の方が自分自身を嫌悪しているのに気づいた瞬間、僅かにあった気持ちも霧散した。

 偽悪家をきどって、香坂くんに得るものは何もない。
 私が拒むことも、わかっていたんじゃないだろうか。
 微笑んで想いを告げた彼の瞳の痛みと、哀切に入り交じる安堵に、それを感じた。

 香坂くんが、これから、手にした情報をどう使うのか。
 言葉通りに、理事長に別の取引を持ちかけるのか、それとも。
 私にはもう何もできない。
 ただ、理事長が選ぶであろう選択を受け入れるしか。

 香坂くんとの取引を拒み、彼を窮地に陥らせる私を恨むだろうか?

 暁臣くん個人に関しては、それはないと確信しているけれど、公の立場の彼が対処しなければならない面倒事を思うと、苦しくなる。
 そもそもが自業自得だとしても。

 彼なら大丈夫、きっとわかってくれる、そう思う反面、どう思われるか、怖くもなる。
 自分の中にある彼への気持ちを認めてしまった今は、尚更。


 そうして、ひとつの決意を胸に、私は真夜中、彼からの電話を受けた。


「――はい」
『……茅乃さん、』

 ずっと、聞きたくてしょうがなかった声。
 やっと連絡できた、と独り言めいた呟きと吐息。疲れているためか、それは甘く耳に届く。

『そちらの様子はどうですか』
「……うん、なんとか大丈夫そう。暁臣くんのほうこそ、海外からこっちと連絡取り通しだったんでしょう? ちゃんと休んでるの」

 いつも通りにツンとした声を出すと、微かな笑い声が聴こえて、胸がいっぱいになる。

 ――始まったときは、こんな風になるなんて考えもしてなかった。

 すぐに終わる関係だと、諦めて、自分の気持ちを無視した。

 無理矢理な要求を受け入れたのは。
 どんな無茶苦茶も、最終的に受け入れたのは。

 自覚していなかった彼への気持ちが、確かに自分の中にあったから。

 ある日不意に自分の人生に現れた青年に、最初に抱いたのは、ただの好意。

 上司として不安に思った彼の若さも、接するうちに、無くなった。
 その有能さも、重責に耐える強さも――そして、完璧に見える彼が時折見せる不器用さも、好ましく思っていた。

 それが恋愛感情だなんて、わからなかった。

 私には藤岡くんという恋人がいたし、理事長とは彼の背景もあって、世界が違うと思っていたから。

 きっと、あんなことがなければ、最後まで自覚することなく終わった感情。


 ――暁臣くん。
 今すぐここに来て、抱きしめて――

 無理とわかっている願いを、口にすることはないまま、ポツリポツリと言葉を交わして。
 ふっと空白が出来たあと、向こう側の暁臣くんが、意を決した様子で、告げる。

『もう数日したら、そちらに帰ります。……その時に、お話があるので』
「――ええ。私も、話したいことがあるわ」

 彼の話がどういったものなのか、思い当たることはいくつもあるけれど。

 私の話はひとつだけ。

 彼の気配が残る通話の切れた電話を、しばらく握りしめていた。
 選んだのは、私。
 ひとしずくだけ涙を流すことを自分に許して、唇を噛んだ。



 
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