Sweet
□Bitter*SS/バレンタインKiss
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『明日仕事か?』
夜中遅くに幼なじみからかかってきた電話。
前置きもなく言われたのは、そんな当然のこと。
「あたりまえじゃん、日曜だもん」
土日はアパレルショップの稼ぎ曜日。その休日に休みなんてあり得ない。
春物が入ってきたし、ディスプレイを週末のために昨日入れ換えた。今日の反応はまずまず。少しずつ動いてくれるといいんだけど。
『日曜とかじゃなくてな……、まあいいや、明後日は休みだろ。家に来るよな?』
なんだその微妙に確定疑問形は。
幼なじみの伊織といわゆる肉体カンケーを持ってから、恋人同士なんだか幼なじみの濃い仲なんだかよくわからない関係になっているあたしたち。
あっちからは微妙に納得できない告白もされてるし、合鍵も渡されてて、あたし自身テキトーに奴の部屋へ行ったり行かなかったり。
休日前には仕事帰りにそのまま泊まることが多いけどさ。今まで特に動向を訊いてきたりすることなんてなかったのに。
首を捻りながら、「まあ行ってもいいけど10時過ぎになるよ」と返事をすると、奴は奴でバイトがあるらしい。だったら何で言うかな。
その訳は翌朝判明した。
朝起きたら、家中に甘ったるい香りが充満していて。
妹とその友だちが、台所でキャワキャワとお菓子作りに励んでいたのだ。
「あっ、お姉さまおはようございますー!」
「ごめんなさい、騒がしかったですか」
「お姉ちゃんご飯食べる〜?」
かわゆいけれどかしましい。
「オハヨ。こんな朝からみんなして何してるの」
妹にとりあえず朝ごはんの仕度を頼んだあたしは、テーブルに並べられた刻まれたチョコレートの山と大量の卵、小麦粉、キッチンスケールやらボウルやらを眺める。
「花野ちゃんにチョコレートケーキの作り方教えてもらいに来たんですよっ」
「彼だけじゃなくて他のみんなにもって思ったら、なんか大量になっちゃって」
楽しそうにさえずる少女たちに、ああ、とあたしは頷いた。
「今日バレンタインだったっけ。すっかり忘れてたわ」
妹からご飯を受け取りつつ呟くと、ええ! と驚かれる。
何かな?
「お姉さまオトコいるんでしょ〜! ダメですよっイベント逃しちゃっ」
いやあれをオトコと言っても良いものか、オトコには違いないけども。
「花野ちゃんイベントにマメだから、お姉さんもそうなのかな〜と」
それは隣家の育ての親のせいですね。
嬉々としていろいろ教え込んでいたからなぁ。
あたしはそういうことに関しては早い段階で匙を投げられている。
ヤツからもお前の料理の腕は『天災』だとお墨付きを頂いておりますから。
手作りチョコなんてものは無縁なのだ。
故に、昔から祥子ママと花野および伊織が作った菓子を、玲と共にむさぼり食うのがあたしの役目だった。
……と思い出し、味噌汁をつつく手がハタと止まる。
昨夜、いつもはそんなことを聞かないヤツが念を押した理由。
まさかバレンタインだから?
何か期待してるとか?
……いや、伊織だし、あたしにそんなことを求めてはいないだろう。
いやいやでも、わざわざ来るかどうか確かめたのって?
「お姉ちゃん、今日晩ごはんは?」
「ああ、泊まってくるからいいよ……」
再びかしましくなる乙女たち。
「な〜んだ、やっぱり約束あるんじゃないですかー」
「お、お泊まりですかっ」
むー、ってアンタは何不機嫌なの花野。