トリハナニイロ

□*ひとめあったそのひから*
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「責任者を出せッつうのよ、聞いてんの耳あんのそれとも言葉理解できないの」

 イライラと大理石っぽい床を蹴りながらハルノは目前に平伏している老人たちをねめつけた。

 お年寄りには親切に、そう小さい頃から教育されていたハルノだが、相手は誘拐犯。
 しかも頭のネジがどっか飛んでる奴等だ。甘い顔をすれば付け上がるのは目に見えている。

「どうか我らの話を聞いて頂きたく…、」
「落ち着いて、お怒りをお鎮め下さい、勇者どの」
「王は長年のご心労が重なり、臥せっておられるのです」

「ならあたしがその枕元にでも行ってやるわよ、案内しなさいよ文句のひとつふたつやとお言ってやらなきゃ気がすまないわこの誘拐犯ども」

 滑らかに歯切れよく薔薇色の可憐な唇から流れ出てくる罵詈雑言に魔術師たちは冷たい汗が背を伝い落ちていくのを感じていた。

 ――何故、我々は、我々が呼び出した勇者たる少女に叱られているのだろう。

 国中の魔術師を召集し、計算に計算を重ね、別世界からこの国を救ってくれる運命を持つ勇者を召喚した。
 その勇者が、年端もゆかぬ娘だったのには驚いたが、我々に間違いはない。

 しかし。

 勇者を呼び出したあとは聖剣を授け外で待機している選りすぐりの旅の仲間たちと引き合わせ、魔王討伐の旅に出ていただく予定だったのに――かれこれ、一刻半ほど、勇者が発する淀みない叱責に身を縮めている。

「だいたいね、いい大人のくせに礼儀がなってないわよ、ひとの都合も聞かず、勝手に知らないところに連れてきて“あなたは選ばれた勇者、どうか国を脅かす魔王を倒してください!!”って頭おかしいんじゃないの何で義理も縁もないどっちかっていうと加害者な誘拐犯のためにあたしが手を汚さないといけないのよ、人に物を頼む時は事前に連絡をしてコレコレこ〜ゆ〜理由でどこどこに来て頂きたいのですがご都合はいかがでしょうかくらい一言寄越しなさいよ、それでもあんたたち大人なの、こんなネットも繋がらない辺鄙な田舎に勝手に連れてきたんだから衣食住の保証はもちろんしてくれるんでしょうね、ゆっとくけどあたしお嬢よ? 生半可なもので満足させられると思ったら大間違いよ、そうそう、魔王とやらを殺害してあたしにどんなメリットがあるのかしら、それ相応の報酬は戴けるんでしょうね、タダ働きなんてゴメンだわ、ああ、魔王を倒さなければもとの世界には帰れませんなんて脅迫しやがったら、その前にあたしがこの国破滅させてやるから覚悟しときなさいよ? っつったくもー! 異世界人をナメんじゃないわよっっ、聞いてんのご老体!!」

 ……自分たちは、とんでもないものを呼び出してしまったのかもしれない。

 ひとしきり文句を並べ立て、気が済んだのか、長い黒髪を指先で弄びながらハルノは可愛らしく唇を尖らせた。

「怒鳴ったら喉渇いちゃった。何か飲み物出してよ、ハナシはそれからね」

 この上まだ何を話そうと言うのか。
 老魔術師が恐々としていると、突如として広間の真中に炎の柱が立った。
 ゆらりゆらりと揺れる炎の壁の中に、金の髪を長く伸ばした美しい男が浮かぶ。

 その姿を見て、魔術師たちは悲鳴を上げた。

「ま……魔王……!!」

 ほえ、とハルノは間抜けな声を出し、自分が殺せと強要されている相手の姿を炎の中に探す。

「……強い魔術の波動を感じたので見に来てみれば――異世界人をまた刺客に仕立て上げるつもりか。さて……気の毒な我の宿敵は何処に?」

 魔王が首を巡らせ――磁石が引き合うようにハルノの銀灰の瞳と、彼の青金の瞳がぶつかった。

 時が止まる。

 
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