トリハナニイロ
□*ひとめあったそのひから*
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その青年を見た瞬間、ハルノはすべてのことがどうでもよくなった。
青年も、また然り。
「……なんと…そなたが次の勇者だと? 花持つのに相応しい白き手に剣を握らせようと言うのか、非道な……! あぁ、我が姫、貴女のその聖なる銀の眼差しに心撃ち抜かれた哀れな下僕にどうか名をお教え願いたい……」
魔王である青年の情熱的な言葉に、ハルノは俯き、頬を染める。
意味もなく、スカートの裾を弄り、ドキドキと高鳴る鼓動が自分でも聞こえそうだと思った。
「……ハルノ……、古賀晴乃と申します」
先程まで威勢よく出されていた声は消え入りそうに儚く、しかしその音は胸ざわめかすほどに美しいものだった。
ウットリと魔王の瞳に夢見るような色が浮かぶ。
「ハルノ……不思議な響きだ…影など使わず現身でお訪えば、その絹糸のような黒髪、柔らかな象牙の肌に触れることが出来たものを……」
「……そうして頂きたかったわ、なんて言ったら、はしたない娘だとお思いになる……?」
恥じらいながら頬を押さえ、そっと魔王に上目遣いに視線を向ける晴乃の可憐な媚体に、魔王は今すぐ実体を呼び寄せそうになった。
しかしそれは出来ぬこと。
自分は己の領地から一歩も踏み出せぬ定め。
こんなにも彼女をこの腕に抱きしめたいと魂が求めているのに―――。
「我が愛しのハルノ……このままそなたを連れ去りたいところだが、我は影の身、それも叶わぬ。どうかその心を震わす鈴の音で、我の名を呼んでくれぬか……? アルカード、と」
再び空間が揺れる。影を離れた場所に投影する術の効力が消えかけているのだ。
薄れゆく愛しい男の姿に、晴乃は慌てて呼び掛けた。
「アルカード様……! 待っていて、私、必ず貴方の所へ参ります! その時はきっと、抱きしめて下さいませ……!!」
魔王は頷き、音はもう届かなかったが、ハルノには自分の名を愛しげに囁く彼の声が確かに聞こえた。
ポトリと人差し指ほどの火が床に落ち―――、
魔王は消えた。
魔術師たちは、今、目前で何が起こっていたのか理解したくなくて、ひたすらポカーンとバカ面を晒している。
名残惜しげに彼のいた場所をじっと見つめていた晴乃は溜め息をひとつ吐いた。
そして。
クルリと魔術師たちに向き直った晴乃は、先程まで見せていたふてくされた態度が消え、辺りを圧倒する覇気と輝きに満ちていた。
そう、これこそ彼らが望んだ勇者としての存在感―――。
「彼が魔王?」
嵐を秘めた銀の瞳に言葉は出ず、ただ頷く魔術師。
ふぅわり、晴乃は微笑んだ。
誰もが心奪われるその花の笑み。
「私は、勇者」
再び頷く魔術師たち。
逆らってはいけない。そんな空気を今の彼女からは感じた。
「じゃあ彼は私のものね♪」
いや、それはなんか違う、と言う間もなく、軽やかにスキップするように晴乃は歩き出す。
魔術師が勇者に手渡そうと捧げ持っていた聖剣とマントを抜かりなく奪い、扉を開けて、見知らぬ世界へ―――。
待っていてね、私の貴方☆
そう歌うように呟きながら行く彼女とすれ違った者はこう証言した。
間違いなく、彼女の瞳はハート型に煌めいていたと。
――少しして、純白の花嫁のような衣服を着た少女が魔王城に入っていったという噂を最後に、それ以来、魔王が世界を脅かすことはなくなったという―――。
END ?
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'08.08.07 ブログ閑話休題。
何故この話がここに納められたかは、いろいろ深読みして察してください(笑)。