トリハナニイロ

□甘いワナ
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「理事長。持ってきましたよ」

 私は理事長室の扉を肩で押し開け中へ入った。

「今年は紙袋じゃ足りないと思って」

 言いつつ、引きずってきたソレを床に置く。
 教材の入っていたダンボールだ。

「はあ……」

 テーブルの上からソファーにまではみ出した、色とりどりにラッピングをされたチョコレート達を途方にくれた顔で彼は見ている。

 既に何かのイベントと化している女生徒から理事長へのバレンタインチョコ贈呈は、今年14日が休みということで、前日に繰り上げられた。

 理事長の甘いもの嫌いは知られているから、実質、貰ったものを頂くのは私や朔耶ちゃんなんだけど、それはそれで構わないらしい。

 手渡すことに意味がある、なんてまさにお祭り状態。

 チョコを渡したときの困った笑みが萌え〜! などと生徒に言われているなんて、彼は知らないに違いない。

「いっそのことバレンタイン禁止令を出せばよかった…」

 手分けして箱にプレゼントを詰めていると、そんなことを呟く。

「暴動が起きますよ。わざわざ出て来てる三年生もいるのに。
 とりあえず手作り関係は教職員から注意出しときましたし、食中毒の危険はないと思います」

 ザッと見た感じ、市販のものばかりみたいだし。
 茅乃ちゃんはどこのが食べたい〜? なんて訊いてきた子もいたからなぁ。

「怖いこと言わないでください……私は茅乃さんから頂くものだけで充分です」
「はいはいはいはい、ちゃんと用意してますよー」

 以前のバレンタインは酷い目にあった。
 私がチョコをあげなかったという名目でお仕置きを受け、散々彼にいかがわしいことを……ぶるぶる、あんな目に遭わないよう、今年の準備は万端よ。

 それにしても甘いもの嫌いなのに、どうしてバレンタインチョコだけ欲しがるのかしらね?
 日頃私がスイーツ類を食べているとき、うんざりした目で見ているくせに。

 まあいいわ。
 好都合。

「明日、楽しみにしててくださいね」

 ニッコリ笑って言うと、物凄く不審な顔をされる。
 ちっ、長いこと付き合ってるだけあるわ、感づかれたかしら。

「……暁臣くん用に甘味を抑えたものを作るから。その代わり、ちゃんと食べてよ?」
「はい」

 彼の額に落ちた髪を整えながら、学校では控えてる親しい態度をチラリと見せてやるとご機嫌になった。

 ふっ、チョロい。

 私の不審な様子などあっという間に忘れ、調子に乗ってこめかみに口付けてくる。

 普段ならシバくところだが、誤魔化すために我慢、我慢。

「これは帰りに実家にでも置いて行きます。欲しいものがあれば、先に抜いておいてくださいね」

 計二箱分にもなったチョコの山を恐ろしげに横目で見つつ言う彼に、愛想のよい笑みを浮かべて私は頷いた。



 ……くくくくく。
 うふふふふふ!

 待っていたのよ、この日を待っていたのよ!
 一週間筋肉痛に苦しめられた、あの時の復讐をする、この日をね!

 覚悟なさい、暁臣くんめ!



 
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