トリハナニイロ
□field day
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「――怪我の無いよう注意し、日頃の練習の成果を発揮して頑張って下さい」
マイクを通して響く甘い声に、ノリの良い女生徒たちが「頑張るー! 理事長センセイちゃんと見ててくださいねーっ!」などと黄色い声援を上げる。
壇上の理事長は、うろたえることもなく軽く微笑んで、それに応えた。
きゃあああ、とまるでどこぞのアイドルコンサート会場のように、悲鳴がグラウンドに満ちて。
キンキンする耳を押さえながら、私は感嘆のため息をついた。
ものすごいなー。慣れている様子の理事長もまたすごい。
この春、我が校の理事に就任された古賀暁臣氏は、芸能人も目じゃないほどのルックスをお持ちの青年だった。年齢も、24と若い。
女生徒が騒ぐ騒ぐ。
たまにしか学園には来られないため、遭遇したらラッキー、とまで言われている。
今日は時間が空いたとかで、こうして体育祭を見学して頂くことになったんだけれど――
「あら? 理事長どこ行かれました?」
開会式を終えて、予定になかった理事席を慌てて用意したところで、当人の姿が見えないことに気づいた。
周囲にいた先生方に尋ねると、みんな首を傾げる。
困ったな、この後の予定確認しておきたかったんだけど。
進行役に当たったため、今日の私は大忙しなのだ。
目立つ栗色頭をキョロキョロと探していると、生徒会役員の子が校舎を指さした。
「茅乃センセ、理事長ならあっちの方に行くの見たよ」
何故、と思いつつ、ありがとうと言い置いて私はそちらへ向かった。
「古賀理事長……?」
防犯のために、本日は半閉鎖状態にある校舎。体育祭が始まったので、中には入れないようになっている。
だから、いるとしたらこの辺りと予想を立てて、裏側を覗いた。
壁にもたれている人影が、煙を空に吐き出している。むっと目を細めて、その姿を確かめ、息を吸う――
「り・じ・ちょうっ! 禁煙ですよっ」
パッと飛び出て注意すると、常に冷静沈着な彼がビクリと肩を跳ねさせる。
「楠木先生……」
バツが悪そうに眉を下げて、手にした煙草を隠そうとする理事長を、軽く睨んで――けれどそれは長続きせず。
堪えきれず私は吹き出してしまった。
「せ、生徒の隠れタバコじゃないんですから……! ふふっ、やだもう、反応まであの子たちみたいだし……あはははっ」
「……楠木先生……」
困り果てた顔をする理事長が、更に笑いを誘う。
笑い止まない私に、ため息を吐いた彼は、携帯灰皿で煙草を始末して、申し訳ありませんでした、と気まずげに謝ってくる。
「見つかったのが生徒だったら、示しがつきませんよ? どうなさったんですか」
「緊張して……ちょっと息抜きしたかったんですよ」
緊張?
きょとんと私が見上げると、僅かに戸惑った風の彼が、前髪を掻き上げた。
「挨拶だなんて全く考えてなかったのに、急に壇上に上げられて……ものすごく、緊張しました」
ええぇ、と思わず声を上げる。
「ぜんっぜん、そんな風には見えませんでしたよ?」
「見栄っ張りなんです」
拗ねたようにふいと背けた顔が少年みたいで、また笑ってしまった。
そうよねぇ、この人まだ24なんだ。落ちついた物腰と、歳に似合わない役職に、つい目上に思っちゃうけれど。
普段、近寄りがたい雰囲気をあえて作っているのだろう彼の、意外な面を見て、少し楽しくなってしまう。
クスクス笑いながら、悪戯めかして訊いてみる。
「理事長も教員リレーに参加してみます?」
「スーツでですか?」
「白衣で走る方もいらっしゃいますよー」
「イロモノですか……」
いつもより近い距離に、何故か心地よさを感じた、初夏のこと。
end.
('10/12/01 メルマガ小話)