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□COLOR/スペシャルデイズ
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 /スペシャルデイズ




「……ひ。ゆーうーひ」


 コツン、と頭をつつかれてわたしはハッと顔を上げた。
 気付けば、どことなく拗ねたような宵暉先輩がわたしを見下ろしていて。

 たった今まで沈んでいた本の世界から戻ってくるのに時間がかかって、キョトキョト目を瞬く。

「…あ、宵暉先輩? 呼びました?」
「呼んだよ、何回も。ったく、こんなに傍にいるコイビトほったらかしで何夢中になってるの」

 隣に座った先輩が、その長い指でスルリと頬を撫でてくる。続いて与えられるくちづけ。

 先輩の、キス、優しくて好き。

 好きだよ、って囁かれているのと、同じなんだって、わかるから。

「ん……」
「……【幻影図書館】…?」

 啄んで離れたキスの余韻にぼうっとしていると、ぽつり、先輩が呟いた。

 わたしが今の今まで読んでいたハードカバーを取り上げて、パラパラと眺めている。

「ヤケに年期入ってるけど。僕の声が聴こえないくらい、面白いの?」

 何度も替えたブックカバーの下、くたびれた背表紙や紙の様子を見てそう言って。

「えと、面白いっていうか、…読んでると、何か、こう、胸の奥に隠れてるものが持っていかれる感じがするんです」

 もちろん、面白いことには代わりない。
 だけど“面白い本”なんてひとくくりには出来ないものがある、そういう作品なの。

 小学生の頃お兄ちゃんの本棚で見つけた、宝物みたいなわたしの大好きな物語。
 何度読んでもいつも新しい気持ちを与えてくれる、たぶん一生持ち続ける一冊。

 とある嬉しい噂を聞いて、久しぶりに読んだんだけど、わたしはまた新たな発見をした。

 面白くなさそうに手に持った本を見ている宵暉先輩。

 わたしがじっと見つめているのに気付いて、うん? と柔らかく笑むグレイの瞳。

 出会ったときから、ずっとずっと、わたしを落ち着かない、だけどフワフワした、ココロに羽根が生えたみたいなそういう気持ちにする、存在。

 切ないのに幸せで、知らない間に微笑んでしまう、わたしにとってそういうチカラがある、宵暉先輩に、その物語は似ていた。

 宵暉先輩の絵を見ているときや、彼といるときに覚える気持ちが、幻影を読んだあとに残るものと、とてもよく似ているのだ。


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