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□COLORS/さくら・ぷりんせす
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 僕の色素の薄い目は、日の光に弱い。
 もっとたくさんの色を見たいのに、ときどき妨げられる、それを腹立たしく思う。
 優しい祖母譲りのこの瞳が嫌いな訳じゃないけれど。

 頭の中を突き刺すような日の光に、八つ当たりしたくなったある春の日――。



 




 カサリカサカサ、近付いてくるかすかな足音に、僕はてっきりそれは猫か栗鼠かと思っていた。
 少しずつ、そばに来る生き物を驚かせないように、眠ったふりを続ける。
 手前近くになって、ピタリと止まる。

 もうちょっと。
 もうちょっと傍においで?

 カサ。

「ふぇっ」

 小さな声と、べしゃっと転んだような音に驚いて僕は身を起こした。
 視線の先には、うつぶせに倒れているお人形――じゃなくて、女の子?

 僕よりだいぶ小さい、茶色い柔らかそうな髪をリボンで二つに結んだ女の子が、そこに倒れている。
 慌てて駆け寄ろうとしたところで、ムクリッとその子は勢いよく顔を上げた。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返す大きな瞳が僕を見る。

 次の瞬間、顔いっぱいで笑った。

「おねえ、ちゃん、だいじょ、ぶ?」

 よた、よたと、頼りない小さな手足で立ち上がり、首を傾げ。

 いや、大丈夫? は君の方。
 第一、僕は、

「おにいちゃんだし……」

 きょとん、と見上げる丸い顔は土に汚れて。
 頭から突っ込んだんだろうか。せっかくの可愛い顔が台無しだよ。

 ポケットからハンカチを出してそっと拭いてやる。
 彼女は僕の意図がわかったのか、きゅっと目をつむってされるままになっていた。

 よかった、たいした怪我はしてないみたいだ。顔に傷はね、女の子だからね。

 砂で擦ったのか少し赤くなっている鼻にだけ、キスしてやる。
 ふぁ、とビックリしたような声を上げて鼻を押さえたあと、また笑った。

 ……心配だなぁ、こんな可愛いくて素直でバカっぽくてこの先大丈夫かな、この子。

 三歳くらい?
 親はどこに行ったんだ?

 首を巡らせても人影はない。
 もちろん、僕は人気のないところを選んで一人になっていたから当たり前なんだけど。

 この公園は今が桜の盛り。
 少し行けば花見に訪れた人々で賑わっている。

 僕は僕で、満開の桜が見たくて来たはいいけれど、あまりの人の多さと日差しの強さに、奥まったこの林の中へ避難していたのだ。

 雲ひとつなく晴れた休日の今日は、家族連れも多く来ていた。
たぶんこの子も、そうしたうちの一人。

「おねえちゃん、ねんね、してたの、いたい?」
「……だからおにいちゃんだってば」

 どうやらこの子は寝転がっていた僕を見つけて、心配して来てくれたようだ。
 ぺたぺたとどこか痛いところがないかと、小さな手で探りだした。

 頬やおでこに遠慮なく触れる、ふにふにしたやわらかい手のひらがくすぐったくて、笑う。
 するとつられたように彼女も頬を緩めて鈴のような笑い声を上げた。

 可愛いな、いいな、今度生まれる妹も、こんな子だったら凄く可愛がるのに。

「きらきら、おひめさま?」

 僕の髪を触って、目を細め、うっとり言う。

 よくわからないけど、僕が金髪だからきらきら? それでおひめさま?
 ……どうあっても僕を女にするつもりか。

 よいしょ、と女の子を抱き上げて同じ高さに顔を合わせた。

「違うよ、僕は“おうじさま”。おひめさまは、君でしょ?」

 んう? と女の子は首を傾げて。

「きみ、ちがぁう。ゆー、ぃ、」

 ぺしぺし、とぺたんこの胸を叩いて何事かを主張するけれど、舌っ足らずがそれを阻んだ。


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