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□COLORS/さくら・ぷりんせす
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ゆー? 名前かな。
まあいいや。
「はいはい。君って言われるのは嫌なんだね、おひめさま?」
ぷっくりした柔らかい頬にキスをもうひとつ。
きゃう、とくすぐったそうに笑う無防備さにやっぱり心配になった。
人懐っこいし、妙に変な大人受けしそうな感じだし、危ないなぁ。
うん、親御さんもさぞかし毎日心配だろう。きっとめちゃくちゃ捜してるよ。
迷子センターはどこだっけ。
もう少しこうしていたいけど、そうもいかないよね。
「ふわぁあっ」
抱き上げていた女の子が声をあげて突然仰け反った。
上を見上げて手を伸ばそうとする。
慌ててしっかり抱き抱える。
「さくらー、おそらー」
きゃあっと喜ぶ声につられて上を見れば、さっきまで僕が眺めていた光景が目に入る。
桜の天井に、ぽっかり丸く空いた空色が。
モチーフとしては、単調すぎるかなと意識の外に流していたはずなのに、いま、こうして見上げたそれに、心が騒いだ。
薄く薄く蒼を塗り重ねて。
一見、ベッタリとしか表現出来ない空に深みを持たせたらどうだろう。
桜色は、まず紅を。
そのあとに、一枚一枚白色を乗せ、次に緋を。
そして再び白色を。
隠し色に、橙。
ああ、そうすると空にも一枚翠を入れなければ。
――描きたい。
「あぅ、おにーちゃっ」
「夕、捜したぞ」
腕の中の女の子が身を捩って、次に聞こえた第3者の声に、自分の世界に行きかけてた意識が戻る。
顔を向けると、中学生くらいの人物が焦りを残した顔でこちらへやってくるところだった。
女の子を下ろすと、一目散に彼へ駆けていく。
本物のおにいちゃんの登場か。
当然のように彼女を抱き上げる姿に、ちょっと妬けた。
手を離して勝手にどこかに行っちゃダメだろ、と首元になついた妹を叱りながら、僕を見て、会釈する。
「君が一緒にいてくれたの? ありがとう」
「いえ。怪我はないようですが、さっき転ばれていたので、お家に帰ったら一応調べてあげてください」
僕の言葉に、瞳に軽く驚きの色を乗せて、彼はうなずいた。
うんまあ、僕くらいの子がこういう話し方をするのは珍しいかもね。
「おねえちゃん、ありがと、ばいばい」
兄に抱き抱えられた女の子が手を振るのに返しながら苦笑する。
最後まで訂正できなかった。
彼が申し訳なさそうな表情をしたことで、とりあえず他の人にはさすがに女に見えている訳ではなさそうだと安堵したけど。
人混みのなかに消えていく兄妹を見送る。
まだ手の中に残る彼女の重さが、なんとなく寂しく感じられて。
もう一度、空と桜を見上げたあと、踵を返す。
いまこの胸の中にある何かを。
色に落として形にするために。
眩しい光射す外へと足を踏み出した。
fin.(2010/04/17拍手お礼文)