アオイトリ
□L'Oiseau bleu.
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「古賀理事長でいらっしゃいますか? はじめまして!」
車を降りた途端、はつらつとした声が私を呼んだ。
そちらを見ると、パンツスーツに身を包んだ同年代程の女性が、私に笑顔を向けて駆け寄ってくる。
その春、一族の経営する学院の理事を勤めることになり、初めて視察に訪れた日のこと。
「私、二年英語教科担当、楠木と申します。本日は理事の案内役を仰せつかまつりました、宜しくお願い致します」
ハキハキした口調はさすが教師といったところか。
クセのない真っ直ぐな黒髪を清潔にまとめて、目を見張るほどの美人ではないが、内面の輝きが表にあふれ出ているような、笑顔が魅力的な女性だった。
日頃、自分を見ると秋波を送るような異性にしか囲まれていなかった私は、彼女のさっぱりとした雰囲気に一目で好感を持つ。
年若な新しい理事長に対する興味と、親近感以外に含むところはない態度も、気に入る原因だったのかもしれない。
教頭と、職員室にいる教諭たちと一通りの挨拶を済ませたあと、校内を見学がてら理事室まで案内してもらう。
本来なら、一教師ではなく校長が自分の相手をするはずだったのだが、どうしても外せない用事があるとかで、たまたま授業のなかった彼女に白羽の矢が立ったらしい。
校長とは以前に顔を合わせていたので、別にかまわなかった。
『楠木先生』は第一印象通りのひとで、頭の回転も速く、話していて退屈することもなく心地よい、と初めて女性に対して思う。
この学校の卒業生でもあった彼女から、古参の教諭たちの面白おかしいエピソードを聞いたりしつつ案内される校内に、次第に愛情のようなものを覚え、押し付けられたはずの職務が楽しみになってきていた。
道すがら、数人の生徒が階段の角で談笑しているのに気付く。
……今は授業中では?
と、考えた途端、隣の彼女が拳を振り上げた。
「こらぁ! あんた達またサボってるわね?! とっとと授業に戻る!」
元気に生徒を叱り飛ばした彼女は、それまでの知性的なイメージとはまた違う顔で。
「おわっ茅乃ちゃん!」
「茅乃ちゃんそれ誰? 浮気? フジオカが泣くぞ」
「このおバカ共、こちらの方はあんた達の理事長様よ。ほらご挨拶は!」
「げ。マジに? ……」
理事長、と聞いた途端に彼等の背筋が伸びて、一斉に頭を下げられた。その変わりように思わず苦笑してしまう。
「こんにちはッス!」
「サボりじゃないッス、自習中なんで!」
「楠木先生は俺達みんなのモノなので例えイケメン理事長様でも手出し無用でお願いしまス!」
「アホ言ってないで教室に戻りなさい! おバカをそれ以上酷くしてどうするのっ」
口調はぞんざいでも、生徒達にはそれが嬉しいらしい。ちえ、とすねながらも楽しそうに言うことを聞いている。
慕われているのだな、と微笑ましくなった。