アオイトリ
□L'Oiseau bleu.4
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明け方目が覚めた私は、腕に閉じ込めた愛しいひとの寝顔をたっぷり堪能し、その無防備さに、つい出しそうになるいたずらな手を全理性を総動員して止め、後ろ髪引く思いで出勤した。
いつも通り少し早め、今日は情報処理部の会議があるのでそのまま部屋に向かう。
特に急いですることが有るわけでもないのだが。
時間の節約とばかりにメールチェックをしながら今日の会議のレジュメを見直していると、部下の一人がそろそろと近寄ってくる。
「おはようございます、部長」
おはよう、と書類に目をやったまま答えるが、別に他意はない。彼もそんな私の態度には慣れているからだ。そのまま話しかけてくる。
「……あのですね、先輩。ちょっとした確認があるんですが」
役職ではなく先輩と呼んだ彼に、私的な会話だと判断して、目を上げる。私の直属の部下で、大学時代の後輩でもある彼が、こういう態度を社内でとるのは珍しい。
「なんですか? 仕事の話ではなさそうですが」
なんとはなしに、上気して浮かれている空気をまとう彼に続きを促した。私の機嫌がよいことを察したのか、それに力を得て、勢い込んで告げてくる。
「先輩にお賃りしてる部屋なんですが、もう一人、住むことになっても構いませんか?」
yesと言ってください! なんて、透かし見える必死な瞳に瞬く。
「……別に構いませんが、――どういう相手か聞いても?」
問いつつ、私はその答えを既に知っている気がしていた。
彼はついこの間、長い間忘れたことはなかったという初恋の幼なじみと再会し、交際を始めたばかりだったから。
案の定、彼女と同棲するにあたり、律儀にも大家である私の許可を得ようと思ったらしい。
彼に貸しているのはどうせ空いていた部屋だし、そもそも社にこの部を立ち上げるときに、もとの会社から彼を無理矢理引き抜いた負い目がある。だから別に自由にしてくれて構わないんだが。
まあ、こういう気遣いのある礼儀正しさが、彼と私の付き合いが長続きしている理由でもある。
しかし。
「ふうん……? 私を差し置いて彼女と同棲なんてやりますね、青磁?」
私のからかいに、言われると思った、という照れ混じりの困った顔になるのを楽しんでから、私はオーケーを出す。
――ここ数日、茅乃さんを家に泊まらせて、愛するひとがいつもいる部屋がどんなに幸せなものか理解できていたから。
同じ場所で生活する、ということが、どんなによいものか、堪能した後では、彼の気持ちが分かりすぎて冗談でもダメだなんて言えない。
許可を出した途端、パアッと明るくなる表情。全くもって珍しい。青磁が外でこんなに感情を出すなんて。
その彼女とやらに少しだけ興味が湧いた。
一度会わせてもらおうか。
大事な後輩の大事な彼女がどんなものか。
自席に戻る浮かれた背中を見送りながら、ふと、思う。
同棲、か。
――帰ればいつも茅乃さんがいて。くつろいでいる背中が、私に気づいて、おかえりなさいと振り向く。
昨日はそれでタガが外れ、彼女に無理をさせてまた叱られたのだが。
――同じ場所に暮らす。
そう出来たら、どんなにいいか―――。