「G」 chronicle

□龍神《喰ウ者》
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 周囲が瞬く間に暗くなった。それはまるで暗幕を閉ざすかの様に、光と闇の境界線をはっきりと見せて、周囲から明かりというものが消えた。
 もう幾度となく繰り返された夜の時間。また今日も短くも辛く長い夜が始まる。
 大きな音と共に周囲が揺れた。あぁまた来たな。そう瀬上浩介は思い、憂鬱に嘆息した。それ以上は体が重たくまともに動くこともできない。
 音が近づいてくる。自身のいる空間は常に静寂が付きまとい、音も籠る為、一層に孤独を感じるが、この時ばかりはあの静寂が恋しくなる。
 冷たく、凹凸のない球面状の床を撫で、彼は迫る音を感じながら、身構える。
 ガーンガーン! っと耳をつんざく大きな音と衝撃が彼のいる場所に響き、その衝撃に彼は球面状の床を転がる。

「だから……、スイッチにしろってのっ!」

 彼は自身の能力である電磁の力を最大限に放出させ、閃光を全身から放ちながら怒声を上げた。
 彼のいる空間、透明な球体の全体が彼を中心に光輝き、周囲を明るく灯らせる。
 それを見上げ、眼下にある巨大な突き出た眼は満足そうに離れていく。
 そこは巨大な居室だった。居室といっても瀬上達地球人の感覚とは大分様相の異なる作りだ。縦長の円筒状に伸びた構造は瀬上には大きさ以上に使い勝手の悪い構造だ。
 しかし、その主の容姿を一目すれば、それも納得できるものである。先に瀬上を見上げた巨大な眼の主は、長く頭部から突出しており、口は触覚が無数に生え、そして粘膜によって光沢を帯びた表皮を持つ。次第に瀬上から壁を這って遠ざかるにつれて見えてくるその全身はまさに地球のナメクジであった。
 ナメゴンと云われるその種は、地球であれば「G」どころか、怪獣と呼ばれて仕方ない程の大きさであるが、この惑星では最も栄えている知的生命体である。
 詳しい進化の過程について、瀬上は元々興味がないため知るよしもないが、その大きすぎる巨体になった訳は彼が常に感じているその強すぎる重力か、はたまたその重力を持つ惑星すらも常に取り込もうとする最早恒星と呼ぶことすら疑問符の付くこの星系の中心に存在する巨大なブラックホールの存在によるものか。何れにしてもそれらしい理由は幾らでも思い付く。
 一つはっきりとしているのは、電磁の爾落人といえど所詮は地球人の瀬上では、この惑星どころかこの家から脱出することすらままならない。非常に短い夜を照らす電球としてこのまま永劫の時間、その身が朽ちるまで堪えるしか道はない。
 そう考えながら電灯人生に励む瀬上は、居室に来訪者が来たことに気づいた。
 先日も仲間のナメゴンが来て、主が瀬上電灯を自慢していた。どうもこの星の短い夜を照らす電灯は生物に由来するらしく、瀬上の前任は干からびていたが黄色い電気を発するこの星のネズミであった。寿命が短いらしく、基本的に不老不死の爾落人である瀬上は自慢の永久電球らしい。
 しかし、今宵の来訪者はそれとは様相が異なっていた。
 扉が開き、コツコツとブーツが床を鳴らしながら現れた来訪者は明らかにナメゴンではなかった。深く紺色のローブを被ったその容姿、その大きさは正しく瀬上と同じ地球人のそれと酷似していた。
 主は予期せぬ来訪者に警戒心を露にして来訪者の前に近づいていく。
 一瞬にして瀬上の位置からは来訪者の姿が見えなくなった。大きな主のヌメヌメとした光沢のある背中だけが、彼の放つ光に照らされてキラキラと光る様子だけが見える。
 来訪者の前にその何十倍もの大きさである主が迫り、鋭い眼光が来訪者を睨む。主にとっては虫や良くて電気ネズミ程度にしか思わない小さな存在だ。
 しかし、来訪者が囁くとその態度は一変した。主はまるで金縛りにあったように固まったのだ。
 続いて来訪者はすぅーっと息を吸うと、よく通る大声で主に向かって叫んだ。それは瀬上のよく知る地球の、それも日本語であった。

「瀬上さんを解放しろぉぉぉぉぉっ!」

 すると、主は突然スイッチが入ったかのように、動きだした。真っ直ぐ壁を登り、瀬上の元に来ると、瀬上のいる電球を外し、来訪者の元に連れていくと彼を解放した。
 この光景に瀬上は見覚えがあった。遠い昔の事だ。しかし、それはあり得ないはずのことだ。彼は既に実体を持たない宇宙の理を司る存在になっているからだ。
 その疑問を瀬上は問わずにいられなかった。そもそも、本当に彼なのかと。

「おい、何でお前が? いや、そもそも本当に……」

 瀬上が言いたいことを言い終える前に彼はすっと手を顔の前に出してそれを制すると、主に向かって彼は再び言った。

「彼は帰してもらうぞ。……あと、無理に理をねじ曲げるものではないぜ?」

 そして、彼は瀬上の方へ顔を向けた。フードの中にあったその伏し目がちな目と東洋人の顔は正しく真理の佛、後藤銀河であった。
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