短編六
□「静かに歪む」
1ページ/6ページ
【ジャンル】現代パロ シリアス
【傾向】病
【R度】18
拍手小説にあった短編版です。
雨が降っていた。
彼は母の笑う写真を胸に抱いて、墓石の前で立ち尽くしていると付近に車が止まった。
恐らく金持ちが乗りそうな、黒い外車から降りて来たのは、醜い初老の女だった。どうやら資産家らしく、傍に控える男達の服は喪服でもないのに黒一色だった。そして彼の前に立ち、告げた。
その女から発せられた言葉に、彼は驚きを隠せず黙って聞いてはいたが・・やがて沸々と怒りが沸き起こり思い切り怒鳴ってやった。
女は自分の態度や言動が気に入らず、金切り声をあげ、彼を罵倒する。
地面に落ちている濡れた石や、雑草まで投げつけてくる。それだけじゃ足らず、男達に殴るよう命じる。男達は困惑した様子だが、彼は凍てついた眼で女を睨みつける。
そのときだった。
彼の背中を、温かい何かが抱きしめた。
ずぶ濡れの、セーラー服を着た少女だった。彼の眼に光が宿る。
彼は微笑み、少女の頭を撫でた。そして女に告げた。
女は眼を丸くして、まだ罵倒を続けるが、彼は背を向けて無視をする。
少女の手を引いて、胸に母の写真を抱いたまま、家に向かった。
少女の心配そうな眼に、彼は笑って言った。
『俺はお前さえいれば何もいらない』
【静かに歪む】
質素なアパートを前に、モンキー・D・ルフィは手提げ袋を片手に持って立っていた。
夕日の光によって大きな陰が覆い、庭に咲いている紫陽花がどこか不気味に見える。ルフィは深く息を吸って、吐く。
そして前へ進み一階の奥に住んでいる「彼」の部屋に向かった。
「エース」
ノックもせずにルフィは住人を呼ぶと「彼」は現れた。
きぃと扉が開いて、ルフィを招き入れる。
部屋の住人は、今年大学へ入学した青年だ。名前はエース。ポートガス・D・エース。ルフィの幼なじみだ。
「ルフィ、五時にお前ん家じゃなかったのか?」
「それがさ、じぃちゃんが急に仕事入っちゃったんだ。だから、宴は中止だ」
「そっか。ま、しょうがねぇよ。じじぃは忙しいんだからな」
「だから、エースの部屋に遊びに来た」
ルフィはにっと笑うと、エースは微笑み返す。
「じゃあ、今から材料買いに行かねぇとな」
「おれ材料だけは持ってきたぞ。二人で食お」
手提げ袋に詰まってあるのは、肉と野菜だ。
「ははは。じゃあ、今夜は二人でパーティーだな」
エースはルフィの頭を軽く叩いて、袋を受け取り部屋に入らせた。
「エース、今日の学校はどうだったんだ?」
「ん〜別にどうって事ねぇよ。マルコと講義受けて、あとサボと一緒に体育やったな。競技はドッジボールだったんだけどよ、俺達の圧勝だった」
彼はルフィの声に台所で袋の入っている食料を分けながら返事をする。
ルフィは床に座り、お気に入りのクッションを抱きしめて言った。
「すっげぇ。おれもな、今日の体育のリレーでぶっちぎりの一位!もちろん、クラスでだぞ!」
「すげぇな、相変わらず。そんな細い腕してんのに、どこからそんな力がでるんだよ」
「いっぱい食ってるからな!そのうち、エースに勝ってやるよ」
「無理だな。お前は一生、俺には勝てねぇよ」
ルフィはむっとして頬を膨らませると、エースは整頓を終えて彼女の方へ歩み、腰を下ろす。そして膨らんだ頬に、人差し指で突いた。
「む、なにすんだよっ」
「ぶはははっ・・変な顔っ」
「たっく、エースのバカっ」
ぽかぽかと子供のようにルフィはエースの胸板を叩く。
エースはされるがままで、やれやれといった顔で反抗もしない。
兄妹のように育った二人にとっては、無邪気な遊びだった。
やがて、ルフィが勢いに乗って彼を押し倒す(彼にとってはわざと)と揺れで棚の上に置かれた写真立てが落ちてしまう。
エースははっとする。
ルフィも慌てて体を起こして写真立てを持った。
大丈夫、壊れてないと安堵の息を吐く。
「ごめん、エース」
「ただの写真だぜ。気にすんな」
「・・・」
写真に映っているのは金髪の美しい女性と、子供が二人。
真新しいブレザーの制服を着たエースと、同じくセーラー服を着たルフィ。
そしてもう一人は・・エースの母親だ。
「おばちゃん、ごめんな」
ルフィは謝り、写真立てを軽く撫でて元の場所に戻した。
エースも体を起こして、ルフィの隣に立った。写真の端に残っている日付表時は、三年前になっている。
ルフィは眼を伏せて、小さな声で訊ねた。
「エース、寂しくねぇ?」
エースは少し黙った後、首を振る。そしてルフィの肩を抱いた。
「お前がいるから、俺は寂しくなんかない」
「そっか」
ルフィは嬉しくなり、彼に身を寄せる。
しっかりとした力強い力は、エースが本心でそう思っていると伝わって来る。
本当に、よかったとルフィは思った。
「ルフィ、そろそろ準備すっか」
「うん」
今夜も二人だけのパーティーだ。