zzz


□おかえり
1ページ/2ページ

そう、あのときもこんな日だった
返り血を浴びた身体に降り注いだのが人の目線でなく、洗い流してくれるような土砂降りなのは好都合だったのかどうなのか
そんな昔のことは今更どうでもいいことで、ただ今は返り血だらけではなく汗だくで、血だけに飢えていたあの頃には本当に考えられない
こんなに一生懸命に俺が人のために強くなろう、だなんて

自嘲的にふっとつい頬を弛め、そんな考えに俺を動かす決定打となったアイツの家へと風を切る
この雨風で視界は諸とも足場だって悪いはずなのに、足に馴染んだこの道を走るのは俺自身が思っていたよりも容易いことだったみたいだ

その証拠にもう8階建てのマンションの一番最上階の805号室、アイツの部屋のベランダに滑り込むように入りこんだ
雨で張り付いた髪を無造作に掻き上げながらガラス戸越しに煌々と明かりの点いた部屋を覗き込む

生憎、唯一の部屋の主であるアイツは見当たらないが、だからと言ってこのままここでいるなんてそんなアホらしいことも出来なくて、床が濡れるのを頭の片隅で気にしながら軽い音を立ててガラス戸を引いた
ここが開いているのはいつも俺がいきなりここから来るのを知ってるアイツの計らい
物騒かもしれないが小烏丸のエリア内で何かやらかそうって奴も居なきゃ、わざわざ8階に盗みに入る馬鹿も居ないだろう(と思う)

部屋に足を踏み入れてから丁度、風呂場から風呂の用意をしていたらしいアイツが出て来た、お見通しってわけか
ただびしょ濡れで部屋に上がってくるのは予想外だったらしくフローリングがどーのやらけたたましく駆け寄ってくるアイツ
なんとなく腑に落ちなくて悪かったな、なんて気持ちとは裏腹にぶっきらぼうに俺の口からは知るかと言葉が紡がれる

アイツは小さく溜め息を一つつくと持ってきた洗い立てのタオルでフローリング、ではなく俺の頭に被せて水の滴る髪をお世辞にも丁寧とは言い難い拭き方で拭いている
俺は面食らったまま拭かれているとアイツは堪えきれずと言ったように吹き出し、そんなアイツに腹を立て顔を背ける俺、それを見て笑みを絶やさないアイツ、ますます不機嫌になる俺

そんな繰り返しの中、思い出したように声を洩らし髪を拭いていた手でそっぽ向いた俺の頭をアイツの方へと戻される
悪態つこうと俺が口を開くより先に、アイツは柔らかく笑って一言言った

おかえり
言うのが遅ぇよ、なんて言う俺の顔は思ったより弛んでいるのかも





(よし!粗方水気きれたからお風呂入っておいで咢)
(お前さ、もうちょっとムードってもん…)
(なんか言ったー?)
(…ファック)

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ