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□狼の前足【2】
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ぼんやりと覚醒する。
満月の次の日はいつも憂鬱で自殺も考えた事もある。
ああやっと朝なんだとベットから抜けるのがだるすぎるから。

目の前にはアレルヤがいる。
初めて俺を認めた、俺の姿を気味悪がらない人間。
ベットに寄りかかり俺の手を握っている。俺が握って離さなかったのか。

手を離し起き上がると毛布がずり落ちる。それをアレルヤにかけて、気付いた。
耳も尾も消えていない。
初めてだった、いつも満月の日に現われ次の日には消えるそれ。
それなのに大きな耳もふさふさな尾も当然のようにそこにある。
へたりと伏せる耳が憎い。絶望とはこのことか。
幸いこの部屋には鏡がない。アレルヤが取ったのだろう。それとも割ったのか。

溜息を付いて立ち上がる。部屋に戻らねばいけない。
昨日散々散らかしたしここにいても迷惑になる。
寝ているアレルヤを起さぬように扉を開け通路に出ると最悪な事にティエリアがいた。

なんて最悪なんだ。
時刻は5時を少し廻ったところ。宇宙空間に朝も夜もないがグリニッジ標準時刻を使えば朝早い。
そんな時間にティエリアが通路に佇んでいるなんて誰が想像できるか。
びくりと揺れた肩と伏せた耳は隠せない。
腰で履いたジーンズからは長い毛並みの尾が緊張に震える。

「ロックオン・ストラトス」

ティエリアの声に思わず逃げ腰になる。
出来れば本当に逃げ出したい。部屋に戻って寝さしてくれ。全部忘れてくれ。
しかしティエリアから逃げることは経験上無理だと分っている。
用事がなければ彼から声を掛けてこない、つまり用事があるから声を掛けられた。
それがこの姿のことなのか元々の用事なのかは分らない。
開き直るつもりもないがその赤い瞳に嫌悪が浮かべば俺は彼を殺すかもしれない。
返事をしないことに苛だったのかティエリアがもう一度俺を呼んだ。
小さな声でなんだと応える
「いったい貴方は何を考えている」
腕組をした彼の瞳には苛立たしさが浮かんでいる。

「ミス・スメラギの話も聞かずに脅したそうじゃないか、挙句の果て部屋を滅茶苦茶にして」
そういえばミス・スメラギはいったい何しに来たのか、結局のところ知らないことに気付いた。
「部屋のことは構わない、修理費も引かせて貰う。ただ、」
そこで一旦言葉を切り、敵を見るように睨まれた。
「貴方の所為で俺の仕事が増えることは許されない!」
はっきりと告げられたそれに思わず間の抜けた声を出してしまう。
「どれだけ俺が苦労したと思っている! あの無駄にでかい倉庫の中から何処にあるのかも分らない資料を探す羽目になったんだぞ!」
どうやら普段から怒っているティエリアを更に怒らしたらしい。
ティエリアは俺の耳にも気付いていないのかクレーマーのように苦情を説明する。
データ社会の現代で何故紙切れ数枚の束が必要になるのかだの何故ナンバリングがされていないんだだの、
終いには倉庫に火気と資料とアルコールを一緒にしまうななど、言う相手を間違えている。俺に言ってもどうしようもない。

「聞いているのかロックオン・ストラトス!」
「あ、ああ聞いてる、悪かった」
両手をあげ降参する。苦情が多いが原因は俺だ。そこは素直に謝罪する。
わかればいいんだと鼻を鳴らして口を閉じたティエリアはやっと俺の耳に気付いたらしい。
視線が頭上でとまり目を見開いている。
ああ、やっぱり殺すかな。自分の考えに呆れる。殺してどうする、居場所がなくなるだけじゃないか。
咽喉が低く唸り声をあげて伏せられた耳が震える。
ティエリアが口を開く瞬間、今さっき俺が潜った扉が静かに開いた。

「ロックオン、起してくれれば良かったのに。いないから驚きましたよ」
アレルヤは大して驚いた様子もなく、むしろ少し困ったようにドアと通路の間に立った。
「傷のほうは大丈夫ですか?」
言われて自分の手を見る。硝子で切れた手には包帯が丁寧に巻かれ腕にはガーゼが張られていた。
思い出して頬の傷に触れると痛かった。やっている最中は全く感じないから性質が悪い。
大きな耳がアレルヤの方へ向いた時、それまで動かなかったティエリアが怒鳴り出した。
「怪我をしたのか! 貴方はガンダムマイスターの自覚がないのか? 狙撃手をなんだと思っている!!」
馬鹿にも程がある、声を荒げて睨まれ俺は謝るしかない。
確かに手を傷つけたのはまずい、それはわかってる。
常に身に付けていた手袋はいつのまにかなくなっている。どこで外したのかも覚えていない。
怒るティエリアに途方に暮れるが眺めるアレルヤは軽く笑っている。
そうか、こいつはティエリアが怒るのをわかっていて傷の話をしたのか。
なんていう奴だ、人間不信に陥りそうだと目を細める。
昨日の人間不信を棚に上げてうなだれれば満足したようなアレルヤが一歩踏み出す。
「ティエリア、傷もそんなに深くないし怒らないであげて?」
心配そうに言うアレルヤは本心なのか演技なのか良くわからない。
「ロックオンも、反省したんでしょう?」
除き込まれるように問いかけられ慌てて頷く。
「ああ、反省した、悪かった」
「なら良かった。ティエリアも用事は済みましたね?」
「え、あぁ…まぁ」
アレルヤはティエリアを丸め込むことが上手いらしい。
納得いかないティエリアも当初の用事、クレームも済んでしまい、確かに用事はない。
背後で不安げに揺れる尾がなんとも心もとない。
首を傾げたティエリアは思い出したように俺の頭上を指差した。

「タヌキ」

思わずピンと立った耳は恐怖でなく呆気にとられて音を拾う。
今まで狼だ野獣だバケモノだと言われ気味悪がれたこの姿。
それを指差し脅えるどころかタヌキときた。
考えろ、この耳はどう見てもタヌキのものとは違う。
大きく尖ったブラウンの耳。言わせて貰えばシェパードのような耳。
「違うよティエリア、タヌキじゃない」
アレルヤのフォローが入る。
「マルチーズだよ」
言わせて貰えばシェパードのような耳だ。
どちらかといえばタヌキのほうがまだ似ていると思う。
溜息を付くと癇に障ったのかティエリアが何が可笑しいんだと睨みを利かす。
「いや、どう見てもタヌキじゃないだろう。勿論マルチーズでもないぞ」
諦め、開き直る。開き直った人間はとても強いのだ。
「信じなくてもいい、これは直ぐ消える、ただの犬だ」
昨日の今日でこうなるとも思わなかったがアレルヤにもバレてしまった。
ティエリアにも指を指されタヌキと宣言されてしまった。
しかし殺すことはできない。この牙が彼等の首に喰い込む必要はなくなった。
それは彼等が脅えも見せず、ただ驚いているだけだからだ。
これが昔の人間のように軽蔑の目を向けられたのなら俺は迷わず牙を向いただろう。
「俺はバケモノだがお前等に危害を加えるつもりもない、だからなにも気にするな」
なにもなかったことに、ソレスタルビーングのように過去には触れるな。
俺に、バケモノに触れるな。
手を振って諦めを表す。話はこれで終わりだとばかりに踵を返す。片付けをないといけない。
長い尾はバランスを取るように左右に揺れる。

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