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□僕のしたいこと
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危ないから下がっていなさい、声をあげた警察が辺りを取り囲む。
俺は帰るべき家に近寄ることも出来なかった。


あの日から何日たったとか、そんなこと考えもしなかった。
親戚は嫌な顔をして我が家においでと言ってくれたしとても優しくしてくれた。
近隣の住民は不幸な子、哀れな子と指を指してパンと水を恵んでくれた。
行くことの出来ない学校のクラスメイトは道徳にそった慰めの言葉をくれた。

別にそれに泣くつもりはない。
そんなことに思考をまわすくらいなら今日の寝床を探すことの方が大切だ。
心優しい親戚の家で暴行を受けながら靴を磨く生活もそう何日も続かなかった。
おばさんは俺に50ユーロ紙幣を握らせ、遊んできなさいと悲しく行ったきり玄関の鍵は開くことはなかった。
たった50ユーロ、貯めていた小遣いと合わせても長い生活が出来る額ではない。



まいったな、今夜は冷える。
公園のベンチで手を擦り合わせながら空を見る。
手元にある衣類だけでは体温を維持できないだろう、寝てしまったら終わりかもしれない。
溜息を付いて立ちあがる。何処か暖の取れるところ、何処でもいい生きれれば。

住宅街を抜け、高層ビルの多い道に出る。
仕事があればいい。靴磨きなら得意だし、掃除もできる。
道行く人に尋ねる。鬱陶しいと怒鳴られるのも慣れた。

今日は運がないな、そろそろ日が暮れるってのに…

長く同じところにいれば苦情を受けた警察が動く。
あの時から警察には顔に知りが増えたがいいことなんて全く持ってない。またお前かと顔パスで書類が増えるだけだ。
ここはもう無理だ、場所を変えるために歩きだす。
だから目の前を歩いていた人間に興味を持たなかった。
だからその人間に声を掛けられた時、驚いたんだ。

「坊や、今日の営業はもう終わりかい?」

若い男だった。染み一つない綺麗な身なりで、靴も俺が触らない方が綺麗なくらいだ。
だからこの男が俺に用があるとは思えないし、怪しいと思う。俺の客なのだろうか。
「いいえ、場所を変えようとしていただけです。何かありますか?」
見上げて軽く首を傾げる。この容姿だって使えるものは使うべきだ。
中には危ない思考の者もいるが今の所全て逃げ切っている。この男だってそうかもしれない。
それでも今日の寝床がかかった大切な客なのだから、少しくらいは我慢もしようとも思う。
「掃除洗濯、雑用など僕に出来ることなら」
商品アピールは重要だ、人はパッケージをみて買うかを決める。
男は視線を合わせるようにしゃがみこんで俺の手をとった。
「じゃあ仕事を頼もう。君は何がしたい?」
男の手は暖かく、かじかんだ俺の手に熱が移動する。
そんなことをする客も、そんなことを言う客も初めてだ。
何がしたいって、仕事を提示するのがお前だろう。
俺の意思が何とかよりまずこの男は何がしたいんだ。
何も言えずに男の顔をみる。
「君がしたいこと、それが仕事だ」
目を逸らさずに、何処か謎掛けのような内容。
それに、俺のやりたいことなんて…、
やりたいことなんて、ない。
ただ生きることばっかり考えてた。夢を追うより仕事を求めた。
人からは不憫だ可哀想だと言われても気にしてなんかいられなかった。
だから俺が仕事以外にやりたいことが見つからなかった。
「やってくれるかな?」
「こ、困ります。それに貴方になんの得があって…」
正直困る。伝えるように眉尻を下げて男を見る。
「得ならある、君がこの仕事を引き受けてくれればね」
いったいどんな得だ、俺のしたいことをしたらこの男の得になるのか?
おかしいし怪しすぎる。しょうがないがこの客は諦めてさっさと逃げるとしよう。
「すみませんが、お断りします。それに僕にやりたいことはありませんから」
腰まで頭を下げてから踵を返す。子供の足といっても仕事ばかりの大人を撒くことはできる。
油断なんかしてないはずだった、逃げ切れると走り出した時に声が掛かった。
「君は憎くないか?家族を奪った者が」
憎い? 何が、家族を奪った者? テロリストが?
足が止まった。男は追いかけもしないでただ声をあげるだけで俺を縛るものは無いというのに。
「君は憎いはずだ。大切な家族を奪い、君を貧しい生活に追いやったテロリストが」
そうだろう、と確信をもった声に動けなくなる。
「君は憎んでいるんだよ、テロリストを」
声は強いのに静かに聞える。振り向けば男は一歩も動いていない。
「……なにを、突然…」
俺が、テロリストを憎んでいるかって? 考えたこともなかった。考える暇もなかった。
それをこの男は憎いだろうと言ってくる。
「二ール・ディランディ、君は彼らを許すべきじゃない。彼らは君の当たり前の日常を奪ったのだから」
一歩、近付く。手を使って話す男は何を知っているのか。
「君は、憎いだろう?」
何度目の問いか。まるで誘導のようだ、それでも、どう考えてもテロリストは憎いじゃないか。
俺の大切な家族はもう、決まりきったことじゃないか。
「…あぁ、憎いよ…決まってるじゃんか。俺の母さんも父さんも奪って、なんで俺がこんなこと…」
悲しくはなかった。
親戚は嫌な顔をして我が家においでと言ってとても優しくしてくれた。
近隣の住民は不幸な子、哀れな子と指を指してパンと水を恵んでくれた。
行くことの出来ない学校のクラスメイトは道徳にそった慰めの言葉をくれた。
悲しいと思うことすら悲しくて、なにも思わないことにした。
なのに、なんで。この男はどうしてそんな分りきったことを聞くのか。
おかげでまるで惨めな子供じゃないか。感情が白く見える。
溢れた涙を汚いダウンで拭う。呼吸も辛い。
「なん、で…俺が、そうだよ憎いよ大嫌いだ!」
何処か蓋が開いた。それまで抑えていたものが溢れ出るんだ。
男はそれを楽しそうに見ながらまた一歩ずつ近寄って、何度目になるか分らない質問をした。

「君は何をしたい」

「復讐、したい」

すんなりと言葉が出た。答えなどないと思っていたのに。
そしてそれが正解のように男は頷いた。

「それが仕事だ。雇われてくれるかな、二ール・ディランディ」

断る理由は無かった。やりたいことが見つかった。
俺がやりたいこと、それは俺から全てを奪ったテロへの復讐だ。
頷いた俺を男はスーツが汚れることも躊躇わずに抱きしめた。
暖かなそれは俺がサッカーでゴールを決めたとき父さんがしてくれたものと同じだった。
「彼らが憎いか?」
「憎いよ…」
「殺したいか?」
「…殺したいよ」
「いい子だ、二―ル。それは正しいことなのだから」
泣き出してもその優しい手が離れることはなく、優しく髪を梳いていた。
「冷えてしまったね」
男に導かれるまま近くに停まっていた車に入る。中には運転手がいて男と軽く会話をしてから発進した。
その間も俺は泣いていた。

なんで気付かなかったんだろう。
こんなにも憎んでいたのに、殺すべきだというのに。


男は俺に銃をくれた。
俺は男に何をやればいい?

知らない。男は俺がしたいことを仕事に望んだ。
ならその仕事をやるまでなんだ。

着いた先は大きな家で、門を潜ると女が出てきて『お帰りなさいませ、アレハンドロ・コーナー様』と頭を下げた。
その時この男の名前を知った。アレハンドロ・コーナー、俺の客だ。


それから男は俺に新しい服と暖かなベットをくれた。朝起きれば焼きたてのパンとスープがあった。
男は忙しいらしく殆んど家にはいなかったが、帰ってくれば直ぐに俺の元へきて抱きしめた。
それはまるで消えてなくなった家族のようだった。

もちろん、仕事のため準備もした。
男は銃の扱い方も教えてくれたし人間の殺し方だって教えてくれた。
俺はそれに感謝した。この男は俺を救ってくれる、感謝せずにはいられないだろう。

別に、
嫌な顔をして我が家においでと言って、とても優しくしてくれた親戚も、
不幸な子、哀れな子と指を指してパンと水を恵んでくれた近隣の住民も、
道徳にそった慰めの言葉をくれたクラスメイトも。
感謝してないわけじゃない。

俺のしたいことを望んでくれた男には適わないだけだ。
優しくて、優しくて。それは休日にパイを焼いてくれた母さんと同じだった。
ああ、感謝している。

今でも感謝している。

年月過ぎた今も。
あの時、テロリストの眉間に一発の銃弾を通した時も。

感謝している。




「貴方はまるで父さんみたいだ」

「なら父さんと呼んでも構わないよ」

「貴方は父さん以上の存在だ、アレハンドロ」




*+*+*
迷子になったドロ子ロクです。拾ったのがドロだったらな的な。
当初の目的では懐いたロクが大人になってもドロに甘えるはずでした。
「おっさん!やっと会えた、ここの受付全然通してくれないんだもんな」
「久しぶりだねニール、大きくなったか?」
「よしてくれよ。もう24だぜ」
とかそんなのにしたかった!なんでこうなった!

またリベンジしますよ、きっと。

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