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□狼の前足
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満月が近付くと落ち着かない。
それは15歳の夜から続いている。

いつからだろうか、自身の体質に気付いたのは。
満月の夜は誰も寄せ付けず部屋に閉じこもった。
心配してくれるクルーには申し訳ないが無言を突き通した。
正直怖かった。人間でないと後ろ指を指されることも、彼らに牙を剥くことも。

満月の夜には狼が現われる。
ブラウンの髪に埋もれるように生える耳は大きく、背骨を延長した形の尾は長い毛並みを優雅に揺らした。
コレを見たら誰だって逃げるだろう。鋭い犬歯の隙間から息が漏れる。

ベットの上で膝を抱えてまだ遠い朝を待つ。
電源を落したハロは何の反応も出来ないまま足元に転がっている。


ぴくり、大きな耳が反応する。
感度の良い耳は廊下の音を拾った。
その足音はミス・スメラギだった。
戦術予報師がガンダムマイスターの居住エリアに来ることは珍しい。
何事かと顔を向けると気配はドアの前で止まった。

膝を抱える手が緊張に震えた。耳はドアの方を向き集中する。
インターホンが鳴り彼女の声が響く。
『…ロックオン。今、いいかしら?』
無言を返す。こうなるのは毎月のことだろうに、今更理由を求められることは気に入らない。
『……開けるわよ?』
俺の許可もなくドアのロックが解除される。
彼女はもしものためにマイスター全員のロックナンバーを知っている。まさかこんな時に使われるとは思いもしなかったが。
パシュと軽い音で開くドアが憎たらしい。いざという時に守ってくれないのだから。
毛布を深く被り耳と尾を隠す。正直顔を合わせたくもないんだ。
「ハロに呼びかけても電源が落とされてる、端末まで切られてたら此処に来るしかないわ」
肩をすくめてベットへ近寄る。無意識にも伏せられるこの耳がなければと唇を噛む。
「…体調、悪いの? あまり酷いようなら、」
「なんの用だ。用がないなら出てってくれ」
気遣うなら直ぐにでも出てってくれ、明日にはいくらでも相手するから。
毛布に隠れたまま、まるで癇癪を起した子供のようだ。なんて格好悪いんだろうと思う。
それでもこの姿を晒すわけにはいかない。バケモノと気味悪がれるのはもう嫌だ。
尾が逃げるように身体に纏わりつく。

「……みんな貴方のことが心配なのよ。一歩も出ないで、何も食べていないでしょう?」
「大丈夫だ、ほっといてくれ」
「でも…」
「ほっといてくれよ!もう用はないだろう!!」
渋る彼女に声を荒げて怒鳴る。苛々とした感情が尾を膨らませる。
驚いたのか動かない彼女に枕を投げつけ、深く被った毛布から目だけを覗かせる
「−ちょ、ロックオン!どうしたのよ!?」
ぶつけられた枕に怒るよりも困惑している。
それはそうだろう。普段から兄貴分として宥める役割の俺がとるような行動ではない。
「ロックオン? 貴方本当に大丈夫なの!?」
差し出された手に俺の咽喉がうなった。まるで獣のそれ。嗚呼なんておぞましい。
びくりと止まった手は行き場をなくし彼女の胸元に帰る。
「俺は平気だ、なんの変わりもない!ああ出て行け、早く出ていけ!!」
睨みつけて叫ぶように怒鳴り散らす。手を出さないだけよく我慢していると思う。
「……わ、わかったわ、出る、だから落ち着いてちょうだい?」
手をあげ数歩下がり降参を表す。それでも直ぐに出て行かない彼女に眉間の皺を増やした。
「ただ心配なのよ、貴方。毎月決って…」
「出て行くんじゃなかったのか? それとも此処で俺に殺されたいか?」
ぎりぎりと牙が不快な音を立てて鋭い爪を立てたシーツは容易く千切れて行く。
ああ今の俺なら銃もナイフも使わずに人を殺めることも出来そうだ。どこか冷静に考える。
諦めたように目を伏せ下がっていく彼女に胸を撫で下ろす。
「なにかあったらすぐに言って? 力になるわ」
振り返り心配そうに出て行く。それを見送り、気配が完全になくなるまで待った。


全身から力が抜ける。疲れた、相当緊張していたらしい。
ベットから抜け出し水を開ける。
本当は怖くて堪らなかった。もし彼女の手が触れていたら、もしこの姿を見られてしまったら。俺は全てを失うだろう。
尾は解れるように揺れて大きな耳は払いのけるように振れた。

もう、潮時なのか…
いつまでも続かないのは分ってたことじゃないか、

感情に伏せられた耳が醜く、目の前の鏡を殴り破る。
大きな音に苛々として近くにあるものを手当たりしだいに投げつける。
グラスも皿も何もかも。割れる音と散らかる部屋。
気でも狂ったかのようなありさまにくつくつと咽喉を鳴らして笑う。
ああまるで気違いだ、狂犬だ。興奮していく脳が可笑しくてしかたない。
最後には声をあげて笑う。振り下ろした椅子は砕けて役目を果たして行く。

楽しかった、興奮していた。
だから気付かなかった。気付けなかった。

ドアのロックは解除されたままで、それは僅かな音を立て開いていた。
アレルヤはただ茫然と立っていた。


アレルヤの手からランチプレートが落ちる。
その音に、その存在に、俺は絶望を覚えた。

がくがくと歯がなり、握り締めた椅子の破片は力なく落ちて足元に転がる。
アレルヤが一歩引いた、何も言わない、ただ引いた。
押し寄せた感情は恐怖だった。バケモノと気味悪がられるか珍しいものと売り飛ばされるか。
過去にあった全ては凍てつくような恐怖しかない。
それがまた甦る。繰り返される。

「ロ、ロック…」
ドアへ近付くアレルヤから逃げるようにあとずさるが思い通りにならない足は無様に転ぶ。
「来るなっ!来るな、来るな…!」
その黒い瞳が怖くて叫ぶ。チリッと割れた硝子で手を切った。
それすら気付かずに逃げるが狭い部屋では高が知れている。
手に振れた毛布を勢い良く引っ張り身体を隠す。紛れた硝子の破片が頭から降りかかった。
大きな耳も長い尾も小刻みに振るえて縮こまる。

アレルヤが部屋へ踏み込み硝子の軋む音に耳を塞ぐ。
来るなと何度も呟く姿はオバケに脅える子供のようだ。矛盾している、バケモノはこっちだと言うのに。
「…ロックオン」
背後の声に肩が震えた。見られたんだ、この醜い姿を、アレルヤの一挙一動に脅える。
見開いた目から涙が零れた。

アレルヤが動いた。後から腕を回され抱きしめられる。

「ロックオン。逃げないで、大丈夫です。大丈夫」

ぎゅっと、きつくない程度に抱かれた背中からアレルヤの穏やかな声が聞える。
「怪我、してませんか? 大丈夫、これくらいそこまで咎められませんよ、」
シーツを隔てたアレルヤの体温が伝わりどうしていいのか判らなくなる。
「怖がらないで、僕は貴方を傷つけません。顔を見せてください」
震える口からは嫌だと言う言葉しかでない。この鋭い牙で舌を噛んだら酷いだろうに。
ゆっくり動かされた手が顎に触れてアレルヤが覗き込む。
目に映ったアレルヤは黒い瞳を細めて今にも泣きそうだ。泣きたいのは俺だってのに。
「傷、ついちゃいましたね」
指が頬を撫でる。傷に触ったのか痛かった。
「割るときは硝子は避けたほうが良いですよ、後始末も面倒だ」
口元に小さく笑みを浮かべて良いのか悪いのかよく分らないアドバイスをされた。
俺より大きな手の平はシーツの上から頭を撫でた。

「ロックオン、大丈夫です。たとえ何があろうと僕は貴方を拒みません」

いいですか?と微笑まれ強い力で引き寄せられる。
拍子に落ちたシーツからは大きな耳が跳ねて姿を現す。
ああ、とアレルヤの口からなんとも取れない声が零れる。
俺は怖い、この口が次になにを言うのか、それが怖い。
バケモノと何度も言われ気味悪がれた。それが怖い。

じっとその口を見た。アレルヤの言葉を。

「マルチーズですね」

小さく首をかしげたアレルヤは嬉しそうに俺の耳に手を伸ばし輪郭を確かめるようになぞった。
思わず払うように動いた耳に微笑んで、割れ物でも扱うかのように触れられた。
「……ア、アレルヤ…」
声は震えていた。
「なんですか?ロックオン?」
耳から頭、子供にするように撫でられる。
「お前、怖くないのか…、こんな、こんなバケモ…」
廻らない頭は白い色を呈して涙を促す。
「バケモノだって? そんなことありませんよ。貴方はロックオンだ、違いますか?」
血の流れる手を拾われ舐めとられた。
「…でも、俺は…」
顔を押さえる。咽喉が泣いて息が出来ない。
「大丈夫ですよ、誰も貴方を拒まない。保証します」
もしそんな人がいたら僕が懲らしめてやりますから、俺はアレルヤの胸で泣いた。
シーツからはみ出た尾も伏せられた耳もアレルヤは拒まなかった。
初めてだった。

「大丈夫、可愛いですよ?」

大きな耳に小さく口付けをされて世界が変わったように思えた。
満月の夜が光が差し込んだ。

「立って、硝子を払いましょう? 怪我の手当ても。そうだ、今日は僕のベットを使ってください。良いですね?」
されるがままに従った。細かな硝子を払われ手には包帯を巻かれた。気が付けばアレルヤのベットに横になっている。
何倍にもなった嗅覚はアレルヤの匂いを十分に拾っている。
「すみません。食事、今持ってきますね」
部屋を出ようとしたアレルヤの腕を思わず引き止めた。
「どうしました?」
「…いらない、から傍に、」
我ながら情けないと思う。5つも年下の男に離れないでくれとすがるなんて。
それでもこの姿を受け入れてくれた安堵には勝てない。
それにまだ怖かった、もしこのまま部屋を後にしたまま帰ってこなかったら。そのまま皆に広められ売り飛ばされたら。
怖くて、嬉しくて。まるで捨て犬だ。
止まらない涙にアレルヤは小さく肩を竦めてベットに腰を下ろした。
「わかりました、ここにいます。だから安心してください」
優しく撫でられる感触に睡魔が重なる。
「おやすみなさいロックオン、良い夢を」

朝まであと僅か。

ライカンスロープの遠吠えに耳を澄ました。







+*+*+
やってしまいましたライカンスロープパロ。
謝ります。申し訳ありませんもうしません!
つい出来心でした…

絡みはティエリアとも刹那とも迷ったのですが一番いちゃついても違和感のないアレルヤに…
スメラギさんごめんなさい!
アレルヤ、それ絶対マルチーズじゃないよ!!(俺がいうか

読んで頂きありがとうございました。

―080202―

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