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□プロローグ
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絶望も悲哀も中傷も。
全て流し込んでしまえばいい。

溶けるような夕空の下、そっと交わした約束。
有効期限付きのあの約束の日から、もう随分と時が過ぎた。








夕空メモリー








夢を見た。
あれはいつだったか。
そう遠くない、けれどぼんやりと陰りのある思い出。

記憶を手繰り寄せながら、彼、春日亮はむくりとベッドから這い上がった。
携帯のアラームを解除し、夢か現かあやふやなまま洗面台の前に立つ。

蛇口を捻り、冷水を顔に浴びせると少しだけ頭がすっきりしてきた。
顔を拭ったタオルを取り去ると、ふと鏡に映った自分の顔が目に入る。

その顔立ちは、美形と言えば程遠い、けれど童顔と言われればそうでもないような−つまり、何処にでもいそうな至って普通な顔立ちである。

自前で切りそろえられた眉、日本人らしい低めの鼻。目、口元、輪郭。
全てにおいて並。言うなればアベレージ。
身長も167センチと、これまた高校生らしい平均身長。

それは内面においても同様、特に何ができると言う訳でもなく、かと言って不器用なのかと言われればそうでもない。


少し前まではそのことで随分悩まされもしたが、最近では差ほど気にならなくなってきた。
亮の場合、笑えるくらい有り体な生活をしているせいなのか、周囲からももてはやされたり騒がれたりすることがないのだ。

それを悟ってからと言うもの、肩の荷が下りた。
今にして思えば、深く考え込んでいたあの頃の自分が、返って莫迦らしく思えてくる。

亮はふっと息を洩らすと、寝癖の付いた髪を撫でつけた。


「あ…、」


そう言えば、と亮はそこにきてようやく今朝見た夢の内容を思い出す。


あれは確か、秋口だったろうか。


落ち葉が路上に散乱し、冬の訪れを告げる肌寒さが身にしみてきた頃。
それでいて小春日和を間近に感じるような、曖昧な季節。
 

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