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□第1話
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次は篠倉崎というアナウンスが流れ、電車が構内に入っていく。
降りる者は皆戸口付近へと集まり、込み合う車内に一定の空間が生まれる。
座席に空きができると、それと入れ替わりにそこへ座り一息吐く者、または吊革を力強く握りしめ、構えの姿勢を取る者もいる。
亮も反対側に寄り、身体をぎゅっと縮こませる。
この時間帯は、いわゆる通勤・通学ラッシュというもので、乗降客の出入りが激しい。
いつもなら亮はこれより1本後の電車に乗るのだが、今日はとある事情でこの電車に乗らざるを得なかった。
戸口が開き、人が少なくなると同時に、それよりもさらに多くの乗客が車内に押し入ってくる。
その中に、亮は見知った顔の男を見つけた。
他の乗客より頭一つ分大きいので、すぐにそれと分かる。
その突き出た頭は、人を容易に掻き分けながら、亮の方へ近づいてくる。
亮は、目の前にやってきた男を見上げる。
身長187センチという巨大。
おそらく地毛であろう茶色の髪はストレートで、短髪。
目鼻も凛々しく、一般的意見からすれば格好良い部類に入るだろう。
けれどもせっかく見栄えする顔立ちにも関わらず、絶やすことのない笑みと全身から放たれる朗らかな雰囲気が、それらを仄めかしてしまう。
勿体ないな、と亮は思う。
「おはよう」
彼の名は、宮内武乃。
武乃という名前から、しばしば女だと誤解されることもあるが、正真正銘、れっきとした男である。
それなのに何故異様に名前が女々しいのか。
それは生まれるまでずっと女の子だと思われていた赤ん坊が実際に生まれてきたら男の子だったということから結び付いている。
その時既に決定されていた名前を考え直すのにも手間がかかると言って、彼の父親が漢字だけを男らしく見立てたらしい。
本人は全く気にしていない様だが、なんとも悲哀な理由である。
「…はよ」
亮はラッシュによる息苦しさとやるせなが相まって、ぶっきらぼうに返事を返す。
「どうした? なんか元気ないみたいだけど」
「それは誰かさんが、『学校案内してくれ、できれば朝がいい』なんて言うからです」
「あ、俺のせいか」
ごめんと言いつつ、無邪気に微笑む武乃。
そこから謝罪の念は伺えず、亮は深くため息をつく。