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□第5話
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ーあぁ、また杞憂になっている。
無駄なことは考えまいと、亮は首を振り邪念を払う。
昂輝の手が除けられた。
亮は顔を上げ、照れ臭そうに微笑みながら乱れた髪を整える。
照れ臭ついでに、亮はこんなことを聞いてみた。

「昂輝さ、これからどっか行くの?」

先ほどからなんとなく互いの歩調は合っているものの、別に一緒に帰る約束をしていた訳ではない。
廊下で偶然会い、昂輝に手応えはどうだったかと問われ、それに答えているうちに校門まで出てしまった。
帰る方向は同じなのだが、勉強会が終了して以来帰宅を共にするのは久しぶりなので亮は内心ものすごく緊張していたのだった。

「あぁ、これからちょっと店に」
「店? …もしかして、IMBUEのことか?」

IMBUEとは、昂輝の兄が店を構えているデザイナーショップだ。
主にシルバーアクセを基調とした店で、その他にも洋服やボードなど、数多くの品物を取り揃えている。
亮が初めてそこを訪れたのは、中学に入ってすぐのことだった。
ひっそりとした路地裏に、まるで隠れ家のように佇む一軒の店。
周りは厳粛な雰囲気に包まれているのにも関わらず、内装は小洒落ていてアットホームな感じだ。
当時はそのギャップに辟易したものだが、昂輝の兄が良くしてくれて、だいぶ世話になったことを覚えている。

「そう。店番頼まれてるから」
「店番かぁ…。」

昂輝も大変なのだな、と亮はしみじみ思う。
身に纏っているシルバーアクセを見る限りでは、それを苦に思っていると言うわけではなさそうだが。
実際、昂輝がハンドメイドしてまでシルバーアクセを作る理由は、IMBUEの存在が大きいからなのだろう。

「あのさ、俺も行ってもいい?」
「え…?」

亮の申し出に、昂輝は一瞬目を見張る。
やはり駄目だろうか。
IMBUEに行きたいと言う気持ちももちろんあったが、何より亮は彼の仕事ぶりに興味があった。
けれど相手に嫌な顔をされてしまってはどうしようもない。
駄目なら良いのだと付け加えようとした時、

「いいよ」

と、昂輝はこくりと頷いた。
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