ショート・ストーリー
□縁廻り
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男の人の方も、私の座るソファーの端っこに車椅子を停めて、紅茶を飲む。
二人とも部屋には戻らず、何となく一緒に過ごす。
穏やかで静かな空気が流れた。
冬休みの終わりごろというこの時期、いつもの私なら宿題に追われている事だろう。
この骨折のお陰で、こんなにゆったりとした時間を過ごせるなんて、塞翁が馬とはこの事かと思う。
ぼんやりとそんな事を考え、なんとなく紅茶を飲んでいると、ぽつりと彼が声を紡いだ。
「この紅茶好きかい?」
私は20の前半と見える彼に視線を遣り、「まあまあ」と答えた。甘いし。
彼は満足そうに笑い、またぽつりと話題を振ってくる。
私もぼんやりと答えを返す。
今日初めて彼と会話した。
それは私の松葉杖がとれて、ギプスの形が変わるまで毎日続いた。
まるで老夫婦の隠居生活のように、ぼんやりとした、静かで穏やかな居心地の良い時間だった。
「退院ですよ」
担当看護士の長谷川さんが私に告げた。
ああ、今日だったっけ。
私はのろのろと運ばれた朝食を食べた。
身の回りの準備が整えば、すぐに退院出来るそうで、九時頃に母親がやってきて荷物を片付けた。
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