ショート・ストーリー

□素直になれないコウモリ
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「立花君、立花君」


目を覚ましたらすぐ目の前に杉浦先生が首をかしげて待っていた。

視線を横にずらせば時計はもう放課後の時間を指していて、
下にずらせば僕が寝ていて受け取れなかったであろう就職休みが何たるかをつらつらと書き綴られたペラペラのプリントが3枚(内1枚は親宛て)


「僕、寝てたんですねー」

「何回も起こしたけど起きてくれないって、佐和先生しょんぼりしてたわよ」


そういうところ、本当に変わらないってくすくす笑う先生。
だって杉浦先生が起こさないと起きないんだから、仕方ない。
それで担任の佐和先生に何度どつかれたか・・・結局最近は諦めるようになったけど。





「ところで、何の用?」

「生徒に『何の用?』はないんじゃないスか杉浦先生」


可愛らしく首を傾げて裏声で先生の真似をしたら、似てないって頭を叩かれた。


「本当に何の用ってば。
また何かやらかしたの?」

「僕何かやらかして先生のお世話になったことないじゃないですか!」

ちょっとムッとして先生に抗議するも、「あら、忘れたの?」の声にギクッとなった。


「あんたが居眠りしすぎてテスト範囲分らないとき、教えてあげたわね。

数学の単位が足りないかもしれないとき、一緒に教科担当の先生に頭下げて課題を頂きに行ったこともあったわ。

その夜一緒に行った坂下食堂ではラーメンも奢ってあg「あぁぁぁぁもういいもういい」あらそう?」


先生がペラペラと過去を振り返っていく。
僕は苦いものを食べたときのように顔をしかめて先生の声を遮った。


「そんな思い出なんていらない」
「そんな突っ張っちゃって」

ふふっと笑う先生がいつの間にか夕陽のオレンジに色を変えていたものだから、僕は思わず少しの間見とれてしまって、それからグラウンドに目を移した。


「うん、やっぱり思い出必要。
だって、大好きだもん」





そう、いつだって僕は過去には勝てやしない。

真っ暗闇の中に僕は一人いて、進んでいく時間のなかに独り取り残されていく。
どうあがいても時間なんて止められない。
杉浦先生と一緒にいるこの大好きな空気も全部音楽室のピアノの上に置いて、友達と今まで歌ってきた校歌ももう歌えなくなる。


「先生、卒業することが大人になる第一歩なんですよね?
大人になればお酒、先生と一緒に飲めるようになるけど」



もう今の時間は一緒に過ごせなくなるのかなぁ?







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