2部小説

□Family
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それは小学生の頃の記憶。
年に一度の運動会で、絶対優勝だ、エリナお婆ちゃんにいい所を見せるんだと、意気込んでいた幼い日。
午前のプログラムの、一番初めは100m走だった。
入場門に並びながら、観客席の中に見知った顔を捜す。今日は、S・ワゴンの爺さんは仕事で来れないらしいから、お婆ちゃんが一人で見に来ると言っていた。
観客席を端から端まで、目を皿にして何度も眺めたけど、そこにエリナお婆ちゃんの姿は見つからない。
どうやら、まだ学校に来てないようだ。…まぁ、色々忙しいのはよく知っている。きっと、一番最初の競技には間に合わなかったんだろう。
走っているところを見てもらえないのは、とても、とっても残念だけど、仕方がない。一着の人がもらえる赤いリボンを胸につけて、エリナお婆ちゃんに見てもらおう。
(…よぉし!)
少しへこんだ気持ちを、気合を入れて上向かせる。
エリナお婆ちゃんの喜ぶ顔が見たい。「凄いわね」「頑張ったのね」って、褒めてもらいたい。
真っ赤なリボンを絶対胸に飾るんだと、心に誓った。

レースを終えて、退場門からトラックを出る。胸には、赤いリボンが誇らしげに揺れている。
次に自分が出る競技は、四つあとの団体競技。…エリナお婆ちゃんは、もう来てくれただろうか?クラスメイトに「トイレに行く」とうそぶいて、観客席に駆け込んだ。
保護者で埋まった観客席は写真や動画の撮影に大忙しで、紛れ込んだ俺の存在なんて、気にも止めやしない。
俺は忙しなく首を動かしながら、観客席をぐるりと一周見回った。
競技プログラムは、三種目目を始めようとしている。

(まだ、いない…。)
俺がエリナお婆ちゃんの姿を見逃すはずはない。まだ来ていないなんて、流石にちょっと遅い気がする。
…いや、でも、お昼のお弁当を張り切りすぎて、遅れているのかも。手配した車の運転手がマヌケヤローで、道を間違えたのかも。
そうだ、そうに決まっている。今、向かっている途中なんだ。豪華なお弁当を持って、運転手をぴしゃりと叱りつけ、今まさにこっちへ向かっているはずだ。
(来ないなんて、そんな訳ねーもん。)
ゆっくりともたげ始めた不安の芽を、俺は気付かないフリをしてやり過ごした。
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