短編

□老婆とかつお節
1ページ/9ページ



遠い遠い山奥にある、小さな小さな村。
いつものどかで、川のせせらぎや水車の回る音、鳥の歌声や森の囁きが聞こえる。

人里離れたこの村は、森に住む妖怪達の餌場だった。
妖怪が食べるのは人間の感情。
村人には見えない為、人の肩や頭に乗っかりして、感情を食べる。
気付く人はほとんどいないから、たまに美味しいご馳走のために、いたずらをしたりもした。

そんな妖怪の中で、唯一人間に見えるカゲツという化け猫がいた。
カゲツは人間に自分の姿が見えるせいで、感情を食べる事が困難だった。
化け猫は人間の体に近く、頭に猫の耳、お尻にふさふさの尻尾、手と足は猫のそれ、目も猫目で眼光が強く、村人はカゲツを見るたびに恐れて逃げた。
感情が食べられないと餓死してしまう。
そこでカゲツは普通の猫に化ける事で人間に近づき、感情を食べようとした。

案の定、村人はカゲツを受け入れ、野良猫カゲツに食べ物をあげたり、触れたりして親しんだ。
こうして人間の感情と共に、人間の食べ物にもカゲツはありつけるようになり、同時に味を占めてしまった。
特に、猫だからとよく与えられるかつお節はカゲツにとって最高のご馳走になった。

「おや、今日も来たのかい」

山の裾に住んでいる老婆の家が、カゲツは気に入っている。
縁側に当たる陽光と老婆の膝の上が暖かく、心地良いから。

老婆の元へ訪れたカゲツを見つけると、自分にはお茶、カゲツには細かく刻んだかつお節を用意して、縁側へ腰を降ろし、カゲツを膝へ乗せた。

「そういえば最近、化け猫を見かけなくなったと噂が流れて、皆喜んでいるみたいだよ。私には害があるようには見えんのだけどねぇ」

老婆はカゲツの頭を優しく撫でながら言うと、その言葉はカゲツの心を癒し、込められた優しさをカゲツは喜んで食べた。
大好物のかつお節と相まって、幸福の一時をここで過ごす。
しかしその姿を見ていた妖怪達は快く思っていなかった。
妖怪が人間と馴れ合うなどあってはならないと、妖怪の間では自明の理だからだ。
『あいつは裏切り者に値する』
それが妖怪達の決断だった。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ