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□Answer
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ずっとパリにいたから日本に帰ってきたとき、物凄く懐かしかった。
と言っても師であるシュトレーゼマンに同行しての帰国だった為、そんな余韻に浸っている暇など千秋にはなかったけれど。

日本での公演も無事終わり、シュトレーゼマンに当然のようにクラブへ誘われたのを力技で逃げきって千秋は一人で落ち着いけるバーへと向かう。

たまには一人で飲むのも悪くない。
というか、あの師匠といると時には一人になりたくなるというか。
まぁ、とにかく千秋は心底リラックスモードで居たら、店内はけっこう空いているのにわざわざカウンターの隣に座る女性の気配。
千秋は小さく溜め息を洩らした。
たまに一人で飲んでいると、こうして話しかけてくるフランクで千秋にとっては迷惑な人間がいるのだ。
さりげなく体を斜めにずらすと、
「ちょっと! 元カノにその態度はないでしょ?」

よく知っている声の主は彩子だった。

「何だ、お前か」
「つくづく失礼なんだから」
「無言で隣に座る方が悪い。声くらいかけろよ」
彩子と自分はよく似ていると千秋は思う。
負けず嫌いで、プライドが高い。
だから会うとこんな会話ばかり。

よく付き合っていたなと自分でも呆れる。
そんな苦笑いを隠して、元気かとかお互いの近況を暫く話した。

「あの子は? 元気?」
「誰が」
「野田恵」

グラスに伸ばされた、千秋の端正な指がぴくりと止まる。

「まぁ…元気だろう、常に。あいつは」



急にのだめの名前を聞いて、千秋のここ最近のもやもやとした気持ちがまた湧いてくる。


何週間も会わないというのに電話ひとつ寄越さない。
かと言ってこちらから連絡なんてしたくない。

そんなわけで、便りがないのは元気な印じゃないかと無理矢理納得した。

「相変わらず俺様なんだから。連絡くらいしてあげたら泣いて喜ぶわよ、あの子」

フフ、と彩子は笑いながらカクテルを飲み干した。



「勝手に読むな、人の気持ちを」
舌打ち混じりにそういう千秋に、彩子はより一層艶やかに笑った。





「俺はあいつに対する気持ちがよくわからない、いや、わかりたくない」

うぅん、と指を眉間に当て千秋がそういうと彩子は、呆れた声を上げた。

「真一…意外とバカね」
「な、バカ!?」
星の数ほど言い慣れている言葉だが、人から言われるとかなり腹の立つ言葉だ。
そんなことを千秋が感心していると、彩子は腕組みしたまま言った。
「いつか言ったわよね。あんたなんか負け犬よって。そんな真一が今、世界で活躍出来てるのは誰かさんが背中押してくれたからでしょ!? それに今、真一が頑張ってるのは自分の為だけじゃない筈よ。…ったく、これ以上言わせるんじゃないわよ、この鈍感男!!」



そう巻くしたてると、どん!と空になったグラスをテーブルの上に勢いよく置く。
「…お前も相変わらずの女王様気質だな」
千秋が乾いた笑いでそういうと彩子は鼻を鳴らした。




「悪かったわね」

「いや、ありがとう」




彩子が帰ったあと、千秋の気持ちは少しだけ晴れていた。
もちろん相変わらず答えなんてわからないまま。
パリに戻るまで自分から連絡もするつもりは毛頭ない。



だけど。





パリに戻ったら、きっと





真っ先に会いにいって




ただいま、くらいは言ってやってもいいかなと思った。






08.2.9up

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