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□発展途上なふたり
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「湯川先生〜」
薫は自分の根城のように湯川の研究室に入るなり、彼に泣きついた。
「何だ、また君か。何か用か?」
連日の捜査での疲れに追い討ちをかけるような湯川准教授のお言葉に薫は少々、すねて言う。
「用がなくちゃ来ちゃダメなんですか?」
「…」
(あ。困った顔、してる)
無言で眼鏡を上げ、真面目な彼は考えこんでしまった。
冗談、通じないんだなぁ、なんて苦笑しつつ薫は本来の目的を思い出す。
もちろん薫の方には、先ほどの言葉には、ほんのり本気も混じっていたりするのだが湯川を困らせるつもりはなかった。
「…用ならあります。先生好みの事件の解明、手伝ってください」
「またか。たまには自分で解決したらどうなんだ?」
「悔しいけど私の頭じゃ解き明かせないことなんです!」
本当に自分に湯川くらいの頭脳があれば、と薫は何度思ったことか。
くぅ、と薫が唇を噛み締めていると湯川は心底同情を込めて言った。
「それは気の毒に」
悪びれない様子がまた頭にくるのだが、正直もう慣れてしまった。
「これ! 資料です!! 私は別の事件で現場に向かわなくちゃいけないんで、これで失礼します」
「…おい」
茶封筒に入った分厚い資料を机にどんと置いて、薫が帰ろうとすると湯川に短く呼びとめられた。
「はい?」
「たまに、なら用がなくても来てくれて構わない」
一瞬、なんのことか理解出来ずにいた。
しかし、すぐに先ほど自分が言ったことへの回答だとわかった。
思いもよらぬ湯川の申し出に薫は思わず彼の顔を凝視してしまう。
(やばい。なんか…けっこう…嬉しいんですけど)
「言っておくがたまに、だからな」
湯川が居心地悪そうにそう言った。
ぶっきらぼうな言い方に薫もつい無愛想になってしまう。
「わかってますってば。…資料読んで絶対、協力してくださいね!!」
そう言い残して、薫はバタバタと研究室を後にした。
それから数秒後。
お互い独りになって、多分ほぼ同時に呟いた。
「本当にわかってんのか? あの、仕事バカ…」
その独り言には、溜め息と微笑の入り混じった複雑な思いを含んでいた。
了
08/2/9up