ss@

□アンダンテ
1ページ/1ページ

真希はソファに座り、窓の外をぼんやり眺めていた。
Lの使っている私用兼仕事場のマンションの1室からは夜の闇を明るく照らすネオンがきれいに見下ろせた。




「どうしました?」

ティーカップに注がれたばかりの熱い紅茶を真希へ差し出し、Lは怪訝そうに尋ねた。

「なんでもない」

真希は振り向いて、微笑を浮かべそう答える。
しかし、Lはじっと真希の目を見据えるとゆっくりと口を開いた。

「なんでもなくないです、あなたはなんでもないふりが、上手いですから」


時折、Lの観察眼の鋭さには舌を巻く。
真希は諦めて白状することにした。


「今日、兄妹に間違われたでしょう?」
「はい」
「それがちょっといやだっただけ」

「そうですか?」


Lは意外そうに首を傾げてみせた。



部屋に篭りきりのLを、真希は散歩に連れ出すことにした。
真希は、人間も植物と同じでお日さまの光に当たったほうがぜったいに健康になれると信じているからだ。
彼の蒼白い顔は、日に当たっていないせいも多分にあると思う。
真希は、犬を散歩に連れ出すみたいに毎日決まって夕方になるとLを連れ出した。
そうして散歩はほぼ日課となった。
二人の散歩コースの川の土手沿いを毎日犬と散歩しているやさしげな印象の老婦人に言われたのだ。



『仲が良いわねぇ。ご兄妹?』
と。

真希は返答に詰まって、あいまいに笑った。
Lと自分との関係性が、兄妹以外になんて説明すればいいのかわからなかったのだ。





けれどひとつだけ分かるのは、Lと自分は兄と妹じゃないってことだけ。

そしてその枠で括られることが、とてもかなしい。





「私は家族というものを知りません。だからもしあなたが妹だったらうれしいです」

真希の複雑な心中をよそに、Lは素直にそう告げる。

「私ももう家族がいなくて独りだけど、あなたのことお兄ちゃんみたいだなんて思ったことないし、
別の形でも家族になれると思う」



言ってしまってから自分に驚いてしまった。
別の形とは、結婚を意味している。
これではまるで逆プロポーズのようだ。
けれど、言われた当の本人はもっと驚いた顔をして真希を見ていた。

真希は裸足の足でフローリングの床をぺたぺたと歩き、Lの目の前にしゃがみ込んだ。
そうしてじっとLの返事を待つ。
ながい、ながい沈黙。


「…今はまだ無理ですね。あなたの年齢的に…。私が犯罪者になってしまいます」

確かに真希はまだ法律的に結婚できる年齢に達していない。
Lらしい回答に、真希はそれでも引き下がらなかった。

「じゃあ急いで大人になるから待っててくれる?」


Lはふるふると首を左右に振る。



やはりLにとって自分は、妹のような存在で、そういう対象には入らないのかと真希はとてもかなしい気持ちになった。
道端で出会う老婦人に兄妹と間違われたときの何倍も。


かなしくて、じわりと目に涙が溜まった次の瞬間、Lがぽつりと呟いた。


「…ゆっくりでいいんです。私、こうみえて気が長いので」
「え?」



その言葉の意味を理解するまで、すこしの時間を要した。
えっと、だから。つまり。



必死に頭のなかで考えをまとめていると、Lのやさしい視線と目が合う。


「真希さんの成長をもう少し見守っていたい、今はそんな気分なんです」






自分はきっとどうかしていると思う。
Lの言動のひとつひとつに、こんなにも一喜一憂してしまうのだから。

真希はうれしくて上がってしまう口元を隠さずに、
「それじゃ保護者みたいじゃない」
と冗談めかして抗議した。





08/4/4up

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ