人魚姫
□10.抱きしめたい
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彼女を見たとき、心臓が止まるかと思った。
電流のようなものが、体の中をかけぬけた。
淡い青のドレスを見に纏った雛森は驚くほど美しくて、彼女が人間であることを疑うほどだった。
妖精のようで、今にも消えてしまうような気さえした。
抱きしめたい
正直言って、雛森とは別人だと思った。
確かに、目の前にいるのは雛森桃なのだけれど、それだけではないように思えてしかたがないのだ。
彼女を見た瞬間、あの時の少女が現れたのでわないか、と錯覚してしまったのだ。
幼い頃に出逢った少女の顔を、冬獅郎は覚えていない。
実際に、顔を見たのかさえ解らないのだ。
覚えているのはどこまでも透き通った声だけで、それ以外に彼女を見つけ出す手がかりはない。
それにもかかわらず、目の前にいる桃をあの少女だと思い込んでしまうなんて。
しかし、今の冬獅郎にとって、そんなことはどうでもよくなっていた。
次々と湧き上がってくる感情のせいで、まともに頭が動かなくなっていた。
ドクンッドクンッという音が体の奥底から響いて、喉が熱く痺れている感覚に酔っていた。
此方に向かって歩いてくる桃に、冬獅郎は手を差し伸べた。
「踊れるか?」
こくりと一回頷いてニッコリ微笑んだ桃に、冬獅郎は再び心臓が止まるかと思った。
彼女の笑顔が綺麗すぎて、あまりにも幸せそうな笑みを自分に向けたから。
「いくぞ。」
繋いだままの手を冬獅郎軽く引くと、桃はその横をついてくる。
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