人魚姫

□10.抱きしめたい
1ページ/3ページ

***



彼女を見たとき、心臓が止まるかと思った。

電流のようなものが、体の中をかけぬけた。


淡い青のドレスを見に纏った雛森は驚くほど美しくて、彼女が人間であることを疑うほどだった。

妖精のようで、今にも消えてしまうような気さえした。










抱きしめたい










正直言って、雛森とは別人だと思った。

確かに、目の前にいるのは雛森桃なのだけれど、それだけではないように思えてしかたがないのだ。

彼女を見た瞬間、あの時の少女が現れたのでわないか、と錯覚してしまったのだ。



幼い頃に出逢った少女の顔を、冬獅郎は覚えていない。

実際に、顔を見たのかさえ解らないのだ。

覚えているのはどこまでも透き通った声だけで、それ以外に彼女を見つけ出す手がかりはない。

それにもかかわらず、目の前にいる桃をあの少女だと思い込んでしまうなんて。



しかし、今の冬獅郎にとって、そんなことはどうでもよくなっていた。

次々と湧き上がってくる感情のせいで、まともに頭が動かなくなっていた。

ドクンッドクンッという音が体の奥底から響いて、喉が熱く痺れている感覚に酔っていた。



此方に向かって歩いてくる桃に、冬獅郎は手を差し伸べた。

「踊れるか?」


こくりと一回頷いてニッコリ微笑んだ桃に、冬獅郎は再び心臓が止まるかと思った。

彼女の笑顔が綺麗すぎて、あまりにも幸せそうな笑みを自分に向けたから。



「いくぞ。」

繋いだままの手を冬獅郎軽く引くと、桃はその横をついてくる。



***
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ