人魚姫
□5.彼女の腕の中の子供
1ページ/1ページ
***
柔らかいベッドの上で、桃は目を覚ました。
ぼんやりと瞼を開けると、心地よい風が白いカーテンを揺らしている。
桃は身体を起こし、自分が居る部屋を見回した。
自分が何故此処にいるのか、理解に時間はかからなかった。
そう、私は人間になったのだ。
She folded the baby in her arms〜彼女の腕の中の子供〜
「やっと、目を覚ましたのね。」
声のする方に振り返ると、見知らぬ女性が座っていた。
話しかけるのは、何処までも優しい声だった。
「貴女が目を覚ますのを、ずっと待ってたのよ。」
その女性は、「飲めるかしら?」と首を傾げながら、水の入ったグラスを差し出し微笑んだ。
「貴女、其処の浜に倒れてたのよ。覚えてらっしゃるかしら。」
クスクスと、その人は上品に笑った。
―――綺麗な人
けして若いとは言えないながら、品格があり、きっと高貴な身分の女性であろうことは察する事ができた。
「可愛いお嬢さんね。お名前は何ておっしゃるのかしら?」
“桃です。”
しかし、実際は声は出ておらず、小さな口をパクパクと動かす桃を見て、その女性は不思議そうな顔をした。
「もしかして・・・声が出ないのかしら。」
“そうだ、私は声を失ったんだ。”
あの時、覚悟は出来ていたはずなのに・・・泣きそう。
桃は小さく頷いて、俯いた。
「不安かも知れないけど、大丈夫よ。だから、泣かないで。」
その女性は、泣き出しそうな桃をそっと抱きしめた。
彼女の腕の中はとても心地よくて、まるで母親のようで・・・
母との記憶は、殆どない。
この年までずっと姉と二人で生きてきた桃にとって、彼女の腕の中の温かさに、安堵の涙がながれた。
***5話fin