人魚姫

□6.明な声。誰も聴こえない
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***



名前も知らない。

顔さえも解らない。

手がかりは、たった一つだけ。



何処までも透きとおった、透明な声だけ―――










Transparent the voice.Nobody hears〜透明な声。誰も聴こえない〜










浜辺に倒れていたあの少女が、目を覚ましたらしい。

胸の中につかえていたモノが何なのか、その答えが欲しくて冬獅郎は彼女の居る部屋に急いだ。



はやく、知りたい。

はやく、声が聞きたい。



あの晩の彼女が、今朝倒れていた少女のように思えてきて、期待ばかりが膨らんでいった。





バタンッ



逸る気持ちを押さえきれずに、勢いよく開けたドアが大きな音を立てた。

乳母の卯ノ花は、“あらあら”といつものように微笑んでいる。

ベッドの上の少女は、騒がしく部屋に入った俺を潤んだ瞳で見ていた。



―――さっきまで、泣いていたのだろうか?



どの様に声をかければ良いか解らずに、卯ノ花を見た。

卯ノ花は其のことを察したかの様に、微笑んだ。



「雛森さん、此方は日番谷冬獅郎さんよ。倒れていた貴方を助けてくれたの。」


其れを聞いた少女は、少し顔を赤くして頭を下げた。

しかし、声を発することは無く、それが凄くもどかしい。



「此方のお嬢さんは、雛森桃さん。彼女は、喋れないの。」



動けなくなる。


―――嘘だろ。



「・・・言葉がつうじないのか?」

「そうじゃなくてね、



―――声が出せないのよ。」





その事実は、膨らみすぎた期待を一瞬で否定した。


「あと、記憶がないのよ。覚えているのは、名前だけみたいなの。」

「・・・そうか。」



本当は、目の前に居る少女が、あの時の少女だと信じていたかった。

けれど、それを否定する証拠は既に揃っている。

それなのに、心の中のもやもやは消え去るどころか、何倍にも膨れ上がって俺を悩ませた。



***6話fin
 

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