BL・GL短編小説


□路地裏の罠
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 仕事帰りの背広姿の一般的なサラリーマン。手入れのされた黒い短髪で縁無しの眼鏡をかけている。

 やや足早に歩きながら時計に眼を落とした。六時に成ろうとしている。そういえばそろそろ夕食の時間。あちらこちらには飲食店が並び、人々が本能のまま食物探し。

 醜い、と思った。ウンザリして路地裏へ入る。彼にとっては何時もの通り道だが。

 しかし今日はふと何だか違うと感じた。辺りを目で探ると少し先の小道からの視線だと解る。

 屋根からの雨を地面に降ろすために設置されている装置と壁に取り付けている繋ぎの金具の間からの目と目が合ったからだ。

 さすがに驚いて足を停め、上着の右ポケットの中のケータイを取り出す。最近仕事の取引先が増えたので以前のモノでは足りなくなり、最新機種に変えたばかりだ。だが所詮仕事用。登録されている名は会社の人間のみ。

 と、ケータイを見つめる視界の隅に何かが突然入り込んできた。落ちている物に注目するとそれは薔薇の花だった。白と赤の二種類。

 先程の小道を見てみると、今度は顔の半分がはみ出している。お化けや幽霊、怪物、妖怪等の類かと思考を回してみる。





「おにいさん、はやくひろって」

「何をだ、小僧」

「ばらのはな。しろとあか、ひろうの、どっち?」

「拾わなくてはいけないのか?」

「ちがうの?」

「……。」

 面倒臭いやつに絡まれたモノだと思いつつ拾おうとした。“赤”を。

 しかし赤い薔薇は生きているかのように動いて拾えなかった。もう一度試みるふりをして声のする方向を観てみると、何やら構えている。

「何のつもりだ」

 そう言うと静かに物陰から出て来た。

「あかいのはひろわないでほしいな…」

「…最初から一つにしておけ」

 指に痛みが走らない。丁寧なことに薔薇の刺はきちんと取り除いてあった。

 妙に気が利く小僧だなと思っていると軽快な足音を響かせて近寄って来た。

「ぼくのなまえ、どんななまえ?」

「何故俺に聞く?小僧には名前が「ないよ。なまえ、いつもおにいさんにつけてもらうから」

 意味が解らない。この世に名前の無い人間など居るのだろうか。

「…急に云われても思い付かないんだが」

「そしたら、かんがえて。おにいさんは?」

「桂樹」

「桂樹さんってよぶね。あ、きまったらおしえて」

 そしてじっと見上げてくる小僧。思わず視線を反らした。

「…どこにいくの?」

「小僧は何才だ?早く家に帰れ。心配するだろ」

「14さい。いえはあそこ。だれもいないからへいき」

 これは市役所に相談しなければと考える。でももう今日は終わっている時間帯だ。

 上着を引っ張られる衝撃に気が付き、小僧を見ると頬を片方膨らませている。どうやら催促しているらしい。

「何処か行きたい場所は有るのか?」

「桂樹さんといっしょならどこでもいく」

「…ちょうど腹が減っている。食事でも行くか」

「うん!」

 歩きだすが、小僧は立ち止まったままで動かない。

「何処か痛いのか?」

「桂樹さん、どんかんっていわれない?」

「…。否、言われないが」

「ひとさしゆびみて」

「ん?刺でも入ったか…」
 人差し指を見ようと手を添えた時、逆に手を握られ引っ張られながらサラリーマンと小僧は明るい通りへ溶け込んで行った。



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