平が怪訝に顔を上げると同時に、隆道がその胸元をひっつかみ、グイと引き寄せた。
「わっ…!」
驚く平に構わず、隆道は平を乱暴に肩に担ぎあげると、そのまま夜道を走り出した。
「あの!ちょっと…!隆道殿…っ!!」
平は身をよじって抵抗し、抗議の声をあげるが、それらを全く無視し、隆道はどんどん進んでいく。
「………」
この、有無を言わせぬ態度と、ゴウゴウと漂う恐ろし気な気配――。もちろん、約束に遅れた自分が悪いのだが、それにしてもこの扱いは……。しかし今、この人に何を言っても無駄だ…と悟る。
あぁ〜どうなることか…。
平がぐったり息をつくと、
「……何があった」
隆道が走りながら不意に問いかけてきた。
…!?…この状況で…説明しろと……?!!
「…後で…ご説明します…」
平の言葉にすんなり引き下がったのか、隆道はそれ以上言わなかった。しかし、隆道から漂う気配の激しさが変わったわけではない。平は大人しく運ばれながら、まずい人を怒らせてしまったと一人トホホと苦笑った。
隆道は平の遅刻にはもちろん怒り心頭だった。平が理由なく約束を曲げるとは思ってはいない。だが…、
……そう簡単に事を終らせてやるものか……。
そして今は、さらに別のことにも苛立ちを覚えていた。
肩にかかる平の重み……。愛嬌のある丸みをおびた頬とは裏腹な、この軽さ。それは、会わなかった期間、平が“相変わらずだった”ということだ。
背は…少し伸びたくせに――
全くコイツは…っ!苛立ちがさらに大きくなる。それは自分でも説明のつけられない――複雑なもの――。だが、今はそれらを抑え込み、思うままに足を速めるだけにとどめた。
……オレも後で色々説明してやる……。
もちろんそれは、隆道なりのやり方で、の話だった――。
そして程なく坂を上りきると、そこに“真碪寺”はあった。そこが平の今の家だった。門をくぐり、前庭を通り本堂の脇へ。隆道が中へ向かって呼びかける。
「寛明様。戻りました」
そして肩に抱えていた平をポイ、と乱暴に放った。
「わ…っとと。…まったく…」
平は尻餅を付いて着地し、呆れて隆道を見上げる。隆道はそれを不敵に見下ろす。
「…連れてきてやったんだ、感謝しろ…?」
平はもう、何も言う気になれず困って笑い、はぁ。とため息のような返事を返した。
ホントに変わってない……。お山は大変だったろうなぁ…。などと考えていると――
「平、戻ったか」
寛明が顔を出した。すでに大方を察したようにどこか笑っている。平は立ち上がり、姿勢を正して頭を下げた。
「ただいま戻りました」
そして上げた顔で物言いたげに寛明を見る。
「……そこで…捕まりました」
情けなく息をつく平の顔に、寛明は笑い、
「……そうか。まぁ無事で良かった。隆道も…心配していたのだぞ…?」
と、からかうように隆道を見やった。当の本人はフンと鼻をならし、そっぽを向きながら寛明を横目で睨んだ。
「あ…ご心配かけて、大変申し訳ありませんでした」
平は自分の遅い帰宅と、その理由を改めて思い出し、もう一度、二人に深々と頭を下げた。
やっぱり…寛明様だけにでも前もって連絡した方が良かったか……。
しかしそれにしても……と平はつい思い返す。
相変わらず、寛明の前で子供のように拗ねる隆道の様子がおかしかった。自分の置かれた状況を忘れ、つい笑ってしまいそうになったが、なんとか押し殺す。ここで笑っては更に状況が悪くなるのが目に見えている……。
「えぇと、実は……」
「――平。事情は後で聴こう」
事情を説明しようとする平を寛明が遮った。
「…え?」
「隆道がもう待ちきれぬようでな」
寛明はフフと二人を見て笑った。
「すぐに始めるか…?」
ギク…。
平はその言葉にイヤな予感を覚えながら、隆道をそっと見た。
“断るとは言わせん…!”と言いたげな、爛々とした目が、ゴゴゴと音のなりそうな迫力を背負っている。
あぁ…やっぱり……。
「わしは構わんぞ」
寛明が愉しげに二人を見る。もう夜中近くになろうとしているというのに……。寛明様まで…恨みますよ…?
こんな状況で助け船を出すどころか、けしかける様子の寛明に平は息をつく。隆道は瞬きもせず、燃えるような目で平を見つめている。
“……言ったな…?”
…うぅ……はい…確かに……。いくらでも……付き…合い…ます……。
平は情けなさそうに眉尻を下げた。
“あの約束”
隆道からの、かなり一方的なもので、その時が来たら、なんとか、誤魔化そうと考えていたが……。
――とっさに先ほど口走ってしまった自分の言葉が恨めしい。
もう逃げられない、と覚悟を決めた平は、寛明を見上げて頷いた。
「承知…しました」
――続く!――
草葉お題にそえているのかどうか…二人と一人の関係&全体の背景がチラリ☆てな感じで…!(汗)
トナエ現在2月11日……オンリー(2月24日)までに10題は無理だorz……まぁぼちぼちと頑張ろう。
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