――しばらくして、

本堂から離れた武道場に、平と隆道は袴に着替えて向き合っていた。

「得物はどれでも構わん。時間も無制限でよい」

『参りました』の一言が出た時点で終わる真剣勝負――。隆道が寛明を立合い人にして、強引に取り付けた約束だった。

平は、この勝負をどうにか回避しようとしていたのだが――しっかり出鼻をくじいてしまった。どうも隆道相手だと、毎度調子が狂わされてしまう……。

…けれど。

慌ただしくも覚悟を決めてしまえば、胸の内はこの勝負に高揚し始めている…。平はそんな自分に呆れ、胸の内で苦笑った。

「――お勤めの期間、どうされてました?」

向こう正面で木刀をとる隆道に、気持を切り替えるように呼びかけた。

「フン…それをこれから教えてやる…」

静かで高圧的な、隆道らしい物言いに平はクスリと笑う。やっぱり変わらないなぁ…、と思ったその時。

平の中に、不意にある光景が閃いた――。

「………」

手の先の竹刀を見つめながら、頭の奥で熱をもって閃く光景に思い巡らせる平。眉根を寄せ、しばらくそのまま考え込んだ。

こんなこと……馬鹿げている。そう、分かっている…でも――

平は一つ頷くと、竹刀から視線を離し、壁にかけられた棒術の棒を手に取った。手に少し懐かしい棒の感触を、掌に思い出させるように大きく、小さく振り、払う。

……よし。

いつの間にか平の目の奥に不思議な熱がこもり、その熱が身の内からじわじわと平自身を飲み込んでいく。

それは今日――久しぶりに隆道を前にしたからなのか……それとも――。


隆道は何も言わず平を見ていた。棒を手にした平からは、先程笑顔を向けて来た時とは違う、熱と気迫が漂いだしたのを敏感に感じた。

「……」

平を見る瞳は徐々に鋭さが増し、平に合わせるようにみるみる熱が燃え盛った。両の手に持つ二刀流の木刀。握るその拳にギリリと力が込もる。

隆道は我知らず不適に口元を歪ませていた――。


寛明は腕を組み、顎ヒゲを撫でながらこの様子を見ていた。

隆道相手に、熟度の浅い得物を選ぶとは――何か、あったな…。

おそらく先ほどの遅刻に訳がありそうだが……それよりも――暗い瞳を揺らめかせ、ジッと平を見入る。

平のあの眼――あれは……。

寛明は口端を上げ、ひっそり笑んだ。どうやら面白いことになりそうだ。平から視線を離すように笑んだまま暝目する。

この勝負に確実な波乱を感じつつも、平にも隆道にも、何一つ言い含む気はない。二人がそれぞれに決め、のぞんだことだ。何が起ころうと、二人に必要なことならばそれでよかった。責任は、己がとればいい――。

寛明にとってこの立合いが楽しみなことに変わりはなかった。


頃合いよしと見た寛明が「前へ」と声をかけた。二人は得物を手に中央へ進む。向き合い、互いの絡む視線と気迫がビリビリと肌を刺すように撫でていく。

「礼」の号令に二人はゆっくりと頭を下げる。緊張が場内いっぱいに張りつめていた。

「始め!」

声と共に場の空気が一気に膨れ上がった。

先手を打ったのは隆道。
素早い動きで半身の体制から体ごと飛び込むような勢いで一気に平へ詰め寄る。

平がそれを牽制するように棒を払い出すと、隆道は一刀で棒を受け弾きながら間合いをつめ、すかさずもう一刀を打ち付けてくる。平は弾かれるままに棒先を回し振り、隆道の一刀を防ぐ。

片腕で易々と一手を弾く、強靭な隆道の腕に平は苦笑いしながらも一瞬見惚れる。信じられぬ程しなやかで、鞭のような隆道特有の体の動きに、感嘆と懐かしい羨望が湧きあがり、こんな時だというのに口端がニッと吊り上がるのをおさえられない。

そのまま隆道の両刀が、平の得物のリーチの隙をついて、次々と交互にくりだされる。激しく鋭い隆道の打撃が平を襲い続ける。息をも付かせぬ、出だしから棒の弱点をつく近距離攻撃。

―遠慮無用―

平を相手に小手先の戦いを仕掛けるつもりはサラサラない。相手が普段持ち見慣れぬ武器をもっていようと、一切手を緩める気はなかった。

平は隆道の鋭い連打の切っ先に鼻先や頬、ギリギリの所をかすませながら、慣れないはずの棒を巧みに操り、受け止め弾く。組み合ったら不利だ。すぐに次の太刀がくりだされる。慎重に、素早く二つの太刀筋を見極めながらジリジリと後退し、距離を取ろうとする。

だが隆道はそれを許さず、柔軟かつ素早く体を入れ替え、休みなく攻撃を続け踏み込んでくる。

息をもつかせぬ攻防。木が激しく打ち合う音に混じる、リズムを取る浅く早い二人の呼吸。

以前より磨きがかかった隆道の独特のリズムをよむのはかなり骨が折れた。が、平は防戦ばかりに回ることなく、隆道が体を入れ替える一瞬をついて何度も棒を突き出すも、隆道は的確にその突きを肌で感じとり、回した一刀で平の棒を跳ね上げる。

さすが……

平は舌を巻きながら、跳ね上げられた棒の切っ先を回し、すかさず逆先を回し繰り出して下から隆道を狙うが、またも同じこと。

しかし何度目かの平の突き出しに、隆道の一刀が平の棒先を微妙に角度をずらして受け止め、もう一刀が横払いに平の頭を狙ってきた。

「……」

息を呑むような瞬間を迎え、その一閃の行く先を寛明は暗くたゆたう瞳で静かに見つめる。

くるか…平――。


―――平の頭の奥は静かだ。何も音が響いて来ない。

――沸騰しているように熱く、同時に凍てつくように冷める頭の奥。

――もっと…もっと――研ぎ澄まされていく感覚の先へ、先へ――。

隆道からの頭部への横払いを、体が動くままに斜めに傾けてかわした途端、平の意識は振りぬいていったその一閃と共にどこかに遠くへと追いやられていった。

かわしてすぐ、低い斜めの態勢から平は隆道を見上げた。

「…!」

なんだ…この眼は……。

開眼し、熱に侵されたように濡れてギラつく眼――。

そばで二人を見つめる寛明の瞳に熱が走った。

……平――。

そして平が動いた。

かすかな隙をつき、平が隆道の一刀を払い上げるのと同時に、素早く隆道の脇へ飛び退くように転がった。

「…!」

隆道の斜め後方に回りこむと、転がり起きた低い位置のまま、すかさず棒を下から上へなぎ払う。

「く…」

一瞬気を呑まれた形になった隆道は、己への怒りからかわす身が追い付かず、とっさに片手の一刀を回して受けるが、一変して乱れた自分のリズムにジリ、と背がざわめく。

間をあけずして、平は立ち上がりながら隆道の一刀を弾き飛ばし、棒を回して持ち直しながらさらに鋭く勢いこんで打ち込んでいった。

「…っ」

それに合わせて隆道は体を回転させ、その遠心力の勢いのまま、同時に繰り出した二刀で棒の一打を打ち返すように受ける。一刀では受けきれないと瞬時の判断からだった。

耳をつんざく激しく音――

その音が響いた時。平の身体は宙へと飛び上がっていた。

「!」

平は得物を打ち込むと同時に体ごと飛び込み、そのままつばぜりあう互いの得物を支点にして弾みをつけ、隆道の上を飛び超えていた。

「ほう…」

寛明は顎髭を撫でた。

――隆道が二刀で受けるとよんでいたか…。しかしあの勢いを手元で殺しつつ飛び上がるとはな…。

平は頭を下にし、トンボ返りの要領で宙で回転しながらも、開いたその目は揺るぐことなく隆道をしっかり捉えている。

着地寸前で棒を回して持ち変え、隆道の背後に着地したと同時に背中めがけ横に一閃!隆道は振り向き、もう一度受け止めようと木刀を回すが…

――バシィッ!

鋭い音がなり、隆道の手から木刀が落ちた。カランカランと乾いた音が静かな場内に響く。

隆道の右手に激痛が走っていた。もう掴む力が入らない…。

肩で息をし隆道は横目で平を見やる。平は開眼し、同じように息をつきながらこちらを見ていた。

いや…ここではない、どこかを見ている――。

隆道はその目に身が焦げるような苛立ちを覚えたが―――


「…参った」



―続く!―



草葉いや…あの…“参らせて”すいませんでしたぁ…!!(逃)
トナエ更新停滞の犯人は私ですm(_ _)m

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