□キリリクetc
□危なっかしい少年のお守り
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「……なんだこれ?」
『お守り』
「これが?」
『うん』
こくこく。と、PETの画面の中で頷くロックマンに熱斗は苦笑する。心配性にも程がある。そう思うのと同時に、心配して貰える嬉しさも込み上げてきたが、熱斗はそれを悟られるのがなんだか恥ずかしく感じられた。
「大袈裟だなぁ。たかが二日間だぞ? PET無しで過ごす体験って言ったって」
だから、ついぶっきらぼうな言い方になってしまったが、内心では嬉しいのだ。
熱斗はそれをロックマンに悟られたく無いが故に声がそう言う音になってしまうのだが、当のロックマンは熱斗が内心は喜んでおり、これは照れ隠しであると解っている。だから、ロックマンが熱斗の態度に腹を立てることはない。寧ろ、ロックマンは嬉しく思っていたりする。
熱斗が、嬉しいと思ってくれたのだから。
「でも、まぁ、せっかくだから持っていくよ」
『うん! 絶対に肌身離さず持っててよ?』
「わかったよ」
熱斗は、心配性なネットナビの顔がデフォルメされたラバーストラップを手にもう一度苦笑した。
二日間PETレス体験は、おくデン谷で行われる。おくデン谷に何事もなく無事に辿り着くと、まり子先生はきちんと整列したクラスメイト全員に聞こえるように少し声を張り上げて言った。
「良いですか? これから二日間、PETは使えません。皆が常日頃、何気なく使っているPETが如何に便利で、そして大切な物かを知ってもらう為の授業です。また、PETがトラブル等で使えなくなってしまった際に、PETに頼らなくても行動が出来るように……」
まり子先生の注意事項は長い。熱斗は、ふぁ。と、欠伸をしかけて噛み殺した。すると、後ろに並んでいたデカオが小突いて来て、熱斗は首を捻ってデカオを見た。
「なんだよ熱斗。ロックマンと離れ離れだって言うのに、余裕だな」
「そうかぁ?」
熱斗はまたもや出そうになる欠伸を噛み殺す。
「オレサマなんか、ガッツマンと離れる時に男泣きしちまったぜ」
「大山くん。光くん。私語を注意してくれるガッツマンもロックマンもいないんだから、自分で気を付けないと駄目よ」
どっと、クラスメイト達が熱斗とデカオを見て笑った。
まり子先生の話も終わり、夕飯に向けてグループ事にカレーを作る事になった。熱斗のグループはお馴染みのメンバーで、熱斗、メイル、デカオ、やいとの四人グループだ。
「フフン! 一番美味しいカレーを作るわよ! グライド、一番美味しく作れるカレーのレシピを」
「やいとちゃん、今はPET無し体験中だから、グライドも……」
「そっ、そうだったわね」
やいととメイルの様なやり取りは、各グループでも起こっている。如何に、普段PETやそのネットナビに頼っていたかが如実に表れていた。
「それじゃあ、カレーが作れないじゃないの!」
「ええっ!?」
カレーが食べられない。カレーは大好きだが、どう作るかはあやふやな熱斗に、衝撃が走る。PETが無ければ、カレーを作ることも、そして食べる事も出来ないのか。そう思っていると、メイルが口を開いた。
「大丈夫だよ。カレーくらいなら、レシピを見なくても作れるから」
メイルのその言葉に、熱斗達は安堵した。
その後、メイルの指示によって熱斗達はてきぱきとカレーを作りはじめる。暫くすると、おくデン谷のキャンプ場はカレーの良い香りに包まれた。熱斗は、味見と称してカレーを少し食べてみる。
「んーっ」
美味しい。これは早く真っ白なご飯にかけて食べたい。
「きゃあーっ!」
後ろから女の子の悲鳴が聞こえて振り向くと、別のグループのガスコンロから火が噴いていた。この事態にいち早く動いたのはデカオだ。
「退け退け! オレサマとガッツマンがウイルスバスティングして……」
「あのバカっ!」
すっかりPETが無い事を忘れているデカオ。熱斗は、手近にあったバケツを掴んで川へと走る。バケツで川の水を掬い、直ぐにガスコンロへと向かって水をかけた。ジュウウウ。と、消火と共に音が鳴る。熱斗は安堵の息を吐いた。
「すまねぇ、熱斗……」
「ありがとう、光くん」
「気を付けろよな」
使っているガスコンロは、電脳空間が存在しないアナログなガスコンロだ。つまり、PETが無くてもアナログな方法で対処出来るもの。そう言ったものが用意されている。
「光くん、あなた今ちょっとかっこよかったわよ」
「うん。格好良かったよ、熱斗」
メイルとやいとからそう言われて、熱斗は少し照れた。
無事に美味しく出来たカレーを食べ終えた熱斗達は、天体観測をしていた。星座の解説をしてくれるネットナビは居ない為、以前にやった授業の内容を思い出して自分で観測する。
メイルとやいとはやはりきちんと観測出来ている。熱斗も幾つか解るのは紙に記入したが、その数は断然少ない。デカオに至っては勝手にガッツマン座等を作って観測。もとい落書きをしている。
「あっ、やいとちゃん。そろそろお風呂の時間じゃない? ロール、今何時……」
そう言ったメイルがはっとして、やいとがにやりと笑う。
「今はPET無し体験中よ」
「そうだったね」
メイルとやいとは天体観測を切り上げて、女子のテントへと入っていった。
ごろん。暫く天体観測を続けていた熱斗だったが、紙を適当に放って地面に横たわった。星空を見る。周りに高いビルや明るい建物は無い。だから、綺麗に星空が見える筈だ。
前に、ゴスペル事件の後に皆でキャンプした時の夜も、凄く綺麗な星空だった。今と、同じように。
「同じじゃ、ないな……」
星空は、どこか鈍い光に見えて以前のような感動は無かった。
熱斗くん、綺麗な星空だね。そう言ってくれる声は、隣に居ない。
ペットホルダーに手を伸ばす。そこに、いつもの青いPETも無ければ、喧しくて口煩い、大好きなネットナビも居ない。代わりに、心配性な彼がくれたお守りがある。触れると、寂しさと、彼がいるかのような安心感が込み上げてきてはそれが無い混ぜになり、切ない気持ちになった。
「ロックマンも、オレが居なくて少しは寂しいかな」
ざりっ。と、砂を踏む音がして熱斗は体を起こすと、音がした方を見る。お風呂上がりのメイルが立っていた。
「お風呂、交代だって」
わざわざ教えに来てくれたメイルに熱斗はお礼を言う。と、メイルの視線が少し下なのに気付いて、熱斗も下を見た。
どうやらメイルの視線の先は、ロックマンからのお守りだ。
「オレは大袈裟だって言ったんだけど、ロックマンがお守りだから持っていけって煩くて!」
「ふふっ。私ね、ロールが居てくれなくて心細くて。なのに熱斗、ロックマンと仲が良いのに居なくても大丈夫なんだ、凄いなって思ってたんだけど」
ちょっと安心しちゃった。それだけ言うとメイルはテントへと戻っていった。
お風呂にも入り終わり、就寝時間になった熱斗は男子テントに転がっている寝袋の中に身を埋めた。
「朝も、起こしてくれないんだよな」
クラスメイト達の付近に置いてあるアナログな目覚まし時計を見て、熱斗はそうぽつりと漏らす。
前日は、何だかんだで上手く寝付く事が出来なかった。そのせいか、熱斗は直ぐに深い眠りへと落ちた。