□エグゼ

文字から滲む熱
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「あっ‥‥づぅっ‥‥!!」

 カラン!
 何とかカレーのルーが跳ねないように、けれどその時に出来る最大限の速さでカレー皿にスプーンを置くと、慌ただしい音が鳴ってしまった。
 熱斗は自分のその行動に、お節介なネットナビが小言を言ってくるだろう。嫌だなぁ。と思ったものの、止める術は無く。

『もう! だから言ったのに!』

 涙目になりながら両手で口元を押さえている熱斗に対して、お節介なネットナビことロックマンが、心配な気持ちを抱きつつ憤った。

『お水を飲んで冷やして。ほら、氷も口に入れて』
「うー……」

 熱斗は、氷水が入ったコップに手を伸ばす。
 はる香が用意しておいてくれた温めるだけとなっていた夕食の準備時に、ロックマンからしつこく言われて渋々用意したものだった。
 ごくっ。からん。 

「いっ……っ」

 ロックマンの指示通りにした熱斗の顔が一瞬、鋭い痛みに顔を顰めた。

『そのカレー、絶対に温め過ぎだから冷ました方が良いって言ったよね、ボク』

 氷のお陰で痛みが若干鈍くなった熱斗が口を開く。

「らっれ、はあくたふぇたかっらから」

 だって、早く食べたかったから。そう言う熱斗にロックマンは溜息混じりで返す。

『お腹が空いていたのかもしれないけど』
「……そ、……っ」
『横着したせいで、今、こうして食べられなくなっているよね?』

 こくり。と、静かに頷く熱斗。と、同時に玄関が開く音がした。祐一郎に荷物を届けに行ったはる香が、帰ってきたのだった。
 
「ただいまー。……あら? 熱斗、どうしたの?」
『ママ、熱斗くんが……』

 ロックマンが事のあらましをはる香に説明している間、熱斗は適温より少し冷めたカレーを口にする。香りはいつもと同じ美味しいカレーなのに、どこか苦い味がしていた。

◇◆◇◆◇◆◇

 「熱斗、歯磨きした後にこれを塗っておきなさい」

 そう言ってはる香から渡されたのは、小さな容器に入った塗り薬。その薬は今、熱斗の手にはなく。

「どうしてって、顔してるね」

 熱斗の部屋で、微笑を浮かべるロックマンが持っていた。

「コピーロイドの充電が残り少ないから、どうしてもって時に使う約束だったでしょ?」

 かこっ。と、塗り薬の蓋を外しながらそう言うロックマンを、熱斗は困惑した表情で見る。特に事件も起きていない今は、"どうしてもって時"に当てはまらないと思ったからだ。
 それを察してか、熱斗が口を開くよりも前にロックマンが喋る。

「熱斗くんがお口の中、火傷しちゃったんだよ? ボクにとっては事件だよ」

 ロックマンは塗り薬を机の上に置き、左手を、そっと熱斗の頬に添えた。親指で、くっ。と下唇を優しく押すと、僅かに口が開く。真っ赤な舌が、恥ずかしそうに少し奥に引っ込んだ。

「自分でやるからっ」

 そう言って顔を逸らそうとする熱斗に対して、ロックマンは右手も熱斗の頬に添えて力を込め、逃げられないように固定する。

「熱斗くん、オペレートしてくれている時にボクが傷付いたら、リカバリーチップを使ってくれるでしょう?」
「……そんなの、当たり前だろ」

 熱斗のその答えに満足気な笑みを浮かべたロックマンは、すっ。と、右手の人差し指で塗り薬を掬った。

「ボクも同じだよ。熱斗くんが傷付いていたら……ボクも治してあげたいんだ。出来ることなら……ね?」
 
 以前であればロックマンが直接薬を塗るのは"出来ないこと"だが、コピーロイドがある今だから、"出来ること"になっている。
 答えを問うように、ロックマンは再度、熱斗の下唇を左手の親指で押す。ふにっ。とした柔らかい感触に、思わず目元が緩んだ。
 その表情に、熱斗の心臓は、どきっ。と、強く鼓動する。

「……ん」

 否定も抵抗もできない。これが答えだと言うように、熱斗は口をぽか。と、開けた。

「ありがとう、熱斗くん」
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