□エグゼ
□夕陽を背にキミを背に
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「おわっ!?」
片割れの短く上げた声に振り返る。
「っ熱斗!?」
彩斗は目を見開いて驚いた。
なぜって、大切な弟がいきなり目隠し状態になっていたらびっくりするだろう。
「ねっ、熱斗どうしたの!?」
「わわかんない!急に…っ!」
取りあえず目隠しになっていたバンダナを解いてやる。
ふわりとチョコレート色の、彩斗より少し色素の濃い髪が広がり、それと伴ってシャンプーのいい香りが辺りに広がった。
「彩斗にいさん…」
「一体だれがこんな…」
「──オレだ」
キリッ。無駄にかっこつける蒼い瞳を彩斗は捉えた。
「………」
彩斗は熱斗にバンダナを手早くつけると、スッと目のところまで下ろした。
「彩斗にいさんっ?」
「ちょっと待ってて」
ばきょ。
「ぐふぉっ!?」
蒼い瞳が見開かれる。
彩斗の鉄拳がクリーンヒットしたのだ。
「───」
とても恐ろしい、表現してはいけない言葉を吐くと彩斗の横に蒼い瞳は倒れた。
遠くで夕陽をバックに蒼い瞳の付き人が走ってくるのが見える。
何か口をぱくぱくしているが、それはきっと主の名を、炎山さま、と紡いでいるのだろう。
「さぁ、熱斗帰るよ」
「彩斗にいさん、一体…」
「熱斗が気にするようなことじゃないよ」
そう言うと彩斗は熱斗に自分の背中に乗るように促した。
「えっ、や、いいよそんな」
「その状態で歩いて帰れるの?」
「うっ…」
そう言われて熱斗は押し黙った。
そもそも、彩斗なり自分なりがバンダナを取ればいいのだが、いかんせん夕方だ。
熱斗のお腹は空腹を訴えていて、思考がままならない。
それだけならまだしも、今日の体育が校庭を三周、秋原町を二周走り、その後にハードル走50メートルを5本というハードなメニューだったのだ。
ちなみに、脱落者は熱斗と彩斗を除いたクラスメート達だった。
熱斗が疲れていないわけがなかった。
よって、いつもより更に思考がままならない。
「ごめん…」
「よろしい。じゃ、しっかり捕まってね。腕回して良いから」
ずしり、と重みが加わる。
その重みはきっと幸せな重みなのだろう。
「ねぇ、熱斗」
てくてくと家を目指して歩いていた彩斗は、ふと熱斗を呼んだ。
しかし、返事は無い。
不思議に思ってちらりと熱斗を見ると、口をぽっかりと少し開けて、すひょー。すひょー。と寝息を漏らしていた。
余程疲れていたのか、口の端からよだれが出ていて彩斗の服の一部を濃い色に変えていた。
「もう…しょうがないなぁ」
くすり、と自然と笑みが零れる。
彩斗だって同じメニューをこなして、なおかつ熱斗をおんぶしているのだから疲れていないわけがない。
どちらかと言えば彩斗の方が疲労はピークだろう。
そっ、と片手で器用に熱斗を支え、開いた手でバンダナを解いた。
「熱斗…」
幸せそうに安心して眠る熱斗を見て、彩斗もまた幸せそうに笑んだ。
「疲れていても、熱斗の顔を見ればそれも吹っ飛んじゃうね」
「まるでサラリーマンの妻子持ちの中年男性だな」
にょ。といつのまにか蒼い瞳を持つ少年、炎山が彩斗の横を歩いていた。もちろん付き人、ブルースも一緒だ。
「何しにきたの」
ふい、と炎山から熱斗を遠ざけて彩斗はそう問うた。
「さっきのは誤解だ。オレはただ光の髪を触ろうとしただけだ」
バンダナを下げてしまったのは偶然。不慮の事故だと言う。
それで納得する彩斗ではないので、目つきは白々しい。