□キリリクetc
□きっと来年も笑い会える
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大晦日。世間ではもうそろそろ新年だのなんだのと騒いでいるが、炎山には関係のないことだった。この目の前の書類の山を片付けなければならない。大晦日だから、新年だから、と浮かれるわけにはいかないのだ。
カタカタとパソコンのキーボードを叩く。疲れが溜まっている指はぎいぎいと悲鳴をあげているが、叱咤して指を動かす。自身のナビ、ブルースもこの膨大な処理に追われながらもがんばっているのだから、自分もがんばらなければ、と言い聞かす。
不思議なものだ、と炎山は少し自嘲気味にクスッと笑う。以前の自分だったらナビに気を使い思いやるなんて考えられないことだった。それに、今膨大な書類を必死に片付けているのも、あいつと初詣に行くためだなんて。新年なんて、面倒くさい挨拶まわりをしなければならない行事、で毎年憂鬱だったのに、今は年が明けるのが待ち遠しい。これもそれも、あの騒がしくて煩い、でも笑顔が眩しい大切なあいつのせいだ。
先程とは違う笑みを零して、炎山は書類に取りかかった。指先が少し軽くなった気がする。
明日急にあいつの家に行ったらびっくりするだろうか?きっとびっくりしたあとに、あの目いっぱいの明るい笑顔で、炎山、と嬉しそうに呼んでくれるに違いない。
「炎山っ!」
そう、こんなふうに弾んだ声音で。
炎山は指をキーボードからこめかみへと移した。疲れているのか、幻聴がした。
「炎山っ!!」
少しむっとした声音で再び幻聴。炎山はため息を吐いた。
「聞こえてんだろー?」
ああ聞こえているよ。しっかりとした幻聴が。 なんて思っていたが、ふと本当に幻聴か?と思い直す。
首を静かに扉へと向けると、閉まっていたはずの扉は開いており、少し顔を赤くして口を引き結び、むっとしているあいつが、光熱斗が立っていた。
「………幻覚?」
炎山がそう呟くと、熱斗は些か乱暴に扉を閉めて部屋に入ると、無言で炎山に歩み寄った。
熱斗の手が炎山の頬に伸ばされる。
「……バカっ」
むにっ、と頬をつねられた感触。は、しっかりとあった。冷たい指先。むくれる熱斗。幻覚でも幻聴でも、ない。
炎山の瞳が戸惑いに揺れる。どうして、なんで、ここに。
「…光?」
「そうだよ」
「ひとりで来たのか?」
熱斗からひんやりと冷気が伝わってくる。この寒い中来たのか。もう夜も遅いというのに。
「いや、ロックマンと一緒だけど?」
「…こんな夜遅くに何しに来たんだ。危ないだろう」
熱斗の身を案じてそう言ったのに、当の熱斗はくしゃりと顔を歪ませた。熱斗の青いPETから、あーあ、と言う声が漏れた。
「…なんだよ、炎山喜ぶと思って来たのに」
「何…?」
熱斗は背負っていたリュックをぶっきらぼうにいつも座るソファーに放り投げた。どすん、と重みのある音が響く。何が入っているのか、珍しくぱんぱんに膨らんでいる。
先程までのむくれた表情から打って変わって、少し落ち込んだ表情の熱斗に炎山は少し焦った。
「光?」
「本当は年明けと同時に炎山の部屋に行こうと思ってたんだけど、それまで外で待つのやっぱり寒くってさ…。来てみたらこれだよ」
ずずっ、と熱斗は鼻をすすった。本当に熱斗の体が冷え切っているのがわかった。炎山は、そっ、と熱斗の頭を撫でた。茶色い髪はふわふわだが、冷たくて、いつもより少し湿っている。
じっ、と見てくる熱斗から炎山は顔を逸らして呟いた。
「すまない…。寒かっただろう」
「うん。寒かった」
正直に答える熱斗に小さく笑って、炎山は引き出しから膝掛けを取り出した。無いよりましだろ、と言って熱斗の体にかけてやる。
「…その…、来てくれてありがとう」
「えっ!?」
「そんなに驚かなくても良いだろう」
「だって、炎山が…ありが」
「うるさい」
照れ隠しにぎゅうっと膝掛けで締め付けてやると、すぐに熱斗はギブキブ、と声を上げた。くすくす、と二人分の笑い声が部屋に響いた。