ドクターX(cp)

□第9話 思惑
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加地「…うるさい」

未知子「!」

慌てて視線を戻すとこちらに視線を向けていた加地とバッチリ目が合ってしまった

加地「お前。何してのこんな時間まで」

この男。一体いつから起きていたのだろうか。今の問い掛けからすると手術に入っていた事も知らなかったようだが本当にそうだろうか。

未知子「えっ…。あぁー。緊急オペに入ってたらこんな時間になった」

加地「終わったならさっさと帰れよ」

未知子「…そうしたいんだけど糖分が足りなくて動けない」

先ほどの話を聞いていたのかいなかったのか。彼の態度からは何も分からないがわざわざ聞く必要もない。

加地「なんだよそれ」

未知子「口が寂しいの」

コミュニケーション能力が低い大門はインプットされている言葉の数も少ない。だから言い間違いが多いと解釈しているのだがこれまた何とも微妙な言い回しだ。本人からすれば禁煙している人が時おり口にする意味とそう大差はないのだろうが。

加地「なら塞いでやろうか」

体を起こし大門と向き合うように座るとジッと彼女を見つめるがすぐに視線を逸らされてしまった。

未知子「…今は良い」

一瞬あの日の光景が頭をよぎり反応が遅れたが組んでいた足を解き立ち上がる。そんな彼女の腕を掴んだ加地は強引に隣へと座らせた。

加地「いつなら良いんだよ」

未知子「……」

少し前の大門だったら強制的に何かをさせられたり人に触られたりしたら必ず避けたり振り払ったりしていたのに特に怒った様子もない。
そこも気になる要因なのだがもっと気になるのが恋愛音痴で人の気持ちは全く察してくれないのに鎌をかけても動揺する素振りを見せない事だ。照れる訳でも怒る訳でもなく至って普通な態度に調子が狂う。まだ"セクハラ"と言ってくれる方が対処しやすい。

未知子「疲れた時…かな」

僻地での体験は自分を大きく変え晶を尋ねたのは間違えではなかったと心底思っている。だけどあまりにも非現実的な世界だった事もあり日常というものが分からなくなってしまった。
爆発音や悲鳴を聞きながら"命"と向き合う日々はいつしか"当たり前"になり日本に戻ってもその感覚が抜けきれない。僻地とは違い充実した環境の中では沢山の命を救う事が出来るので時間が許す限り患者と戦い続けたい。今でもそう思っているのに無意識に言葉が出てしまった。

加地「……今週末空けとけ」

顔を近付ければすぐに触れる事が出来る距離に居るが仮にも今は勤務中。公私混同だけはしたくないので少しだけ大門と距離を取るように座りなおすと小さな溜め息をついた。先ほどの発言が無意識なら本当に末恐ろしい女だ。

未知子「なんで」

加地「飯連れて行ってやるよ」

未知子「…いつから起きてたの」

加地「"お腹空いた"あたりからだ」

本当は寝ていた訳ではないのだが今更言い出せず適当に返事を返す。病院によって体制は違うだろうがここは夜中にも急患が運ばれてくる大学病院だ。必然的に当直医の人数も多くなる。だから仮眠を取る時は交代で仮眠室を使って出来るだけきちんと休息を取れるようにしていた。そしてちょうど今がそのタイミングで病棟の方も落ち着いていたから横になっていたに過ぎない。

未知子「最初からじゃん」

やっぱりというか何とかいうか。起きていたならその場で返事をしてくれれば良かったのに。なぜ今なのだろうか。

加地「どうすんだよ」

未知子「行くよ。行くけどさ…」

あれは独り言だけど独り言ではない。どんな形にせよ自分が望んでいる展開なので断る理由なんてどこにも無いのだがスッキリしないのは何故なのか。

加地「ちゃんと教えてやるから」

未知子「えっ…」

加地「さっきの問い掛けの答えだよ」

未知子「本当?加地ちゃん嘘付くの上手いからな〜」

立ち上がった大門は白衣を脱ぐと荷物を取りにロッカールームへと姿を消す。突然いつもの調子に戻った彼女に苦笑しつつ再びソファーへと横になった。

加地「一人で帰る気じゃないだろうな」

未知子「晶さんが来るって。ほら」

寝そべっている加地の顔の前にスマホをつき出すと閉じていた瞳を開け画面へと視線を向ける。"待ってなさい"という味気無い文字を見ながら誰だってあんな事件が起こればそうなるだろう。そう思いつつも声に出すことはなくゆっくりと瞳を閉じた。

加地「週末の件はまた連絡するから」

未知子「御意ー」

加地に背を向けながら手を振るとそのまま医局を後にする。ヒールの音が完全に聞こえなくなるのを待ってから加地は閉じていた瞳を開いた。

加地「本当何考えてるか分かんねぇよ」

あの靴は独特な音色を奏でるため静まり返っている場所では良く響く。だから扉が開く前から彼女だとは気付いていたのだが若干睡魔にも襲われていたのであえて起きなかった。緊急オペに入っていた事も聞いていたのですぐに帰るかと思ったのに予想に反してのあの行動。話し掛けたり集(タカ)ってきたり。かと思えばらしくもない事を言ってきたり。本当に滅茶苦茶で訳が分からないのに口元が緩むのは今週末が楽しみで仕方無いからだろう。いつもは億劫になる当直だがこれ以上にない楽しみが出来た為か全く苦にならず業務を終えることが出来た






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