ドクターX(cp)短編
□キスの味
1ページ/2ページ
未知子「疲れたーー!」
午前中は手術の予定もなくのんびりと過ごしていたがお昼が終わってすぐに舞い込んできた緊急オペ。気にかけていた患者だったので手術自体はスムーズに進んだが少しばかり病状が厄介だった。当初からそれは分かっていたので長丁場になると踏んでいたのだが予期せぬトラブルから始まった手術だけにそっちにも手を取られ手術室に隠(コモ)ること数時間。解放された時には既に消灯時間が過ぎており院内は静まり返っていた。
未知子「お腹すいたー。甘いもの欲しいー」
昼間と違い静けさがある医局に響いた自分の声。静まり返った部屋ではやけに大きく響いたが一応独り言だ。扉越しに中を覗いたが誰の姿も無かったのでてっきり無人だと思っていたのに。どこからともなく声がして未知子は辺りを見渡した。
加地「うるさい。静かにしろ」
休憩でもしていたのか。ソファーで横になっていた加地はゆっくりと体を起こしながら視線を向けてきたのだが。その声は普段よりも低く不機嫌さが伝わってくる。
未知子「居たんだ」
加地「当直だからな」
未知子「あっそう」
自分には全くもって関係ない事だが大学病院で働いてる医師にとっては避けて通れないシステムで致し方がない事。長年そんな組織に居るのだから今更当直ぐらい何て事ないだろうに。何故そんなにも不機嫌なのか。
加地「こんな時間まで何してたんだ」
未知子「何ってオペ。それ以外で残業なんかする訳ないでしょ」
朝。医局で姿を見掛けたがすぐに居なくなり午後は自分が手術室に隠っていた。だから言葉を交わすのは今が初めてだ。けれど緊急オペの件ぐらいは知っていると思っていたのに。
加地「いちいち腹立つな」
未知子「八つ当たりはやめてくれない?」
加地「んな事してないだろ」
未知子「機嫌悪いじゃん」
加地「お前と違って疲れてんだよ」
家に帰れない訳ではないが移動時間が勿体無く感じてしまってここ数日は病院で寝泊まりしている。それ自体には慣れているのでどうって事は無いが自分が居る事を知っている若手は昼夜問わずアドバイスを求めてくるので熟睡出来ない日々が続いている中での当直。昼間も予定外の手術に駆り出され心身ともに限界を迎えていた。
未知子「大学病院のお医者様は大変ですね」
加地「誰のせいだと思ってるんだよ」
未知子「私のせいだとでも言いたいの?」
加地「あぁ。全部お前のせいだ」
これは完全なる八つ当たり。未知子の無茶振りに振り回されているのは事実だが最近は上層部に手を妬いている。自分達は何もしないのに結果ばかりを求めてくる連中に文句の一つでも言いたいが。それが組織というやつで反発すれば飛ばされるのが落ちだ。だから何も言えなくてその苛立ちがつい彼女へと向いてしまった。
未知子「言い掛かりはやめてくれない?加地先生に迷惑掛けた覚えとかありませーん」
加地「本気で言ってるのかよ」
未知子「本気も何も身に覚えがないからね」
助手に入って貰ったり急に呼び出したりは多々あるがそれは職業的に仕方がない事である意味それも仕事の一つだ。それを"迷惑"だと捉える者なんて居ないだろう。万が一居たとしたらそんな人は医者ではない。
加地「散々迷惑掛けといて覚えがないなんてさすがデーモンだな」
未知子「大門です」
加地「デーモンだよ」
立ち上がり白衣をソファーの背もたれへと掛けると珈琲を淹れに場所を移動する。いつもなら僅かな甘さをプラスするが今日はそんな気分ではない。備え付けのカップに珈琲だけを注ぐと再びソファーへと腰掛けた。
未知子「私の分は?」
加地「自分で淹れろ」
未知子「オペ終わりの私を労ろうとかないの?」
加地「早く帰れよ」
時刻は既に二十二時を回っている。手術が終わったならもう用はないだろうに何故まだ居るのか。それを問う気力もなく眠気覚ましにと淹れた珈琲を口にするが全く効果を感じられそうにない。小さな溜め息をもらしながら目の前のテーブルにカップを置いた。
未知子「いつ帰ろうと私の勝手でしょ」
緊急だった事もあり今日の麻酔は博美ではなかった。とりあえず手の空いてる人に入って貰ったのだが術中にも気になるところが多々あって術後管理にも不安がある。だからもう少しだけ留まって居ようと思っているのだ。
加地「何なんだよ腹立つな。俺は寝るから邪魔するなよ」
未知子「機嫌悪すぎ」
加地「お前と違って俺は人間だからな。人並みに疲れるんだよ」
未知子「疲れて八つ当たりするなんて最低」
そう言いながらも自分で淹れた珈琲を手にしながら加地の横へと腰をおろす。普段なら軽く流せる未知子の態度も今日ばかりは癪に障ってしまってつい鋭い視線を向けてしまった。
加地「退け」
未知子「お構い無く」
加地「お前がそこに居ると寝れないだろ。良いから退け」
未知子「なんで?アンタだけの物じゃないでしょ」
疲れているだけにしては機嫌が悪すぎる気もして些か引っ掛かるところはあるが。向けられた視線が気に入らなくて同じような視線を向けると不意に彼の顔が近付いてきた。
.