ドクターX(cp)短編

□小さな愛の物語(中)
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蛭間「紹介するまでもないと思うけどね。一応ね。挨拶をどうぞ」

一度病院を裏切ったはずなのに何食わぬ顔をして座っている蛭間に言いたい事がある人も中には居るだろうに。誰も何も言わないところがやはり腐った組織だなと壁際の椅子に座っていた二人は思ってしまった。

未知子「フリーランスの大門未知子です」

博美「同じくフリーランスの城之内博美です」

蛭間「はい。よろしくね。皆も仲良くしてあげてね」

「「「「「「御意!「」」」」」」」

相変わらずの返事に顔を見合せ肩をすくめていると隣で立っていた晶が動き出し何かを配り始める。言わずともそれが何か分かっている原は回ってきた紙を取ることなく後ろへと回すとすぐさま真横に居た加地へと視線を向けた。

原「加地先生!懐かしいですね!」

加地「何がだよ」

原「…なんでそんなに不機嫌なんですか」

蛭間が言っていた通り紹介されずとも大門未知子という女医は良く知っている。その姿を見る度に嫌そうな顔をして悪態をつくのが恒例みたいになっていたのに。自分と同じように回ってきた紙を取ることなく後ろへ回した加地の表情は何処と無くいつもと違っていて思わず問い掛けてしまった。

加地「んな事ねぇよ」

原「そんな事ありますよ。そもそも何でそんなに冷静なんですか?」

加地「知ってたから」

原「えぇー!?…あっ。すみません」

思った以上に声が大きくなってしまい皆の視線が突き刺さりばつの悪そうな表情を浮かべながら頭を下げると。頃合いを見て再び小さな声で加地へと問いかけた。

原「何で知ってたんですか」

加地「…そういえば言ってなかったな」

原「何をですか」

加地「いや。こっちの事だ。気にするな」

付き合い始めたのは彼女が病院を去った後。それから一度も同じ病院で勤務をした事がないので必然的に周囲にその関係がバレる事もなかった。原とは長い付き合いでプライベートでも良く飲みには行くがわざわざ報告するような事でもないと思い何も言っていない。

原「そんな言われ方したら余計に気になります」

加地「時期に分かる事だよ」

安定期に入るまでは誰にも報告しない。それが彼女の希望だ。体調を考えると早い段階で報告するのがベストだが万が一があった時にも報告をしなければならない。それはそれで面倒だから。バレるまでは何も言わないという事で話がついている。わざわざ話さなくてもお腹が目立ち始めれば説明も不要だろう。

加地「ほら。お前の番だろ」

勤務条件の説明も終わりやっと始まったカンファレンス。原が担当している患者からスタートしたので話はそこで強制終了された。
















原「久しぶりですね。大門先生」

未知子「………あぁ。きんちゃんか」

原「原。原守」

未知子「どうでも良いけど」

原「良くない!いい加減覚えて下さいよ」

加地「原。もうこの際"きんちゃん"で良いだろう」

原「嫌ですよ!何なんですか。二人揃って」

一年ぶりに会う彼女は本当に相変わらずで不満げな声を上げながらも懐かしさもあって。自然と頬が緩んだ。

未知子「私のデスクはどこ」

加地「ここ使え」

未知子「すぐオペ出来る患者はいないの?」

加地「そう急ぐなよ。今日はカルテでも見て大人しくしとけ」

晶と話をしてから数日。今日まで彼女は自分のマンションへと居たのだがその体調は芳しくない。日によって様々だが一日中ベッドで過ごす事もあった程だ。今朝も中々起きれず手こずったというのに病院に着いた途端これだ。

未知子「えぇー。今すぐにでも切りたいのに」

原「本当。相変わらずですね。それじゃあ。僕はオペに行ってきます」

未知子「ねぇ!代わってよ!」

原「嫌ですよ」

未知子「良いじゃん。私の方が早いんだし」

原「早さの問題じゃないです。って止めて下さいよ!」

自分の白衣を引っ張り手をブンブン振る未知子から逃れようと勢いに任せて白衣を自分の方へと引っ張る。その勢いに負けて未知子の手から白衣がスルリと抜けたのだがそれと同時にバランスを崩してしまった。

「「「!」」」

とっさに近くにいた加地が手を伸ばし未知子の腕を掴んだので倒れる事はなかったが。その心情は穏やかではない。

原「あっ。すみません」

加地「良いから早く行け」

突っ掛かっていったのは他でもない未知子の方だ。何も知らない原を攻める事も出来ず普段と変わらない態度で送り出すと軽く頭を下げた原は医局を後にした。

加地「ちょっと来い」

掴んでいた手を引き医局を出るといつもよりゆっくりと。だけど足早に人気の少ない場所へと足を運んだ。

加地「休業させるぞ」

未知子「ごめんって。気を付けるから」

加地「本当に分かってるのかよ」

未知子「分かってる」

加地「ならヒールもやめろ。さっきみたいな事があった時に対処出来ないだろ」

未知子「お腹が目立ってきたらやめるって言ったでしょ」

それに関して昨夜少し揉めた。お腹が出てきたらさすがにやめるが今はまだ体型に変化が出る週数ではない。だから暫くは履き続けると押しきったばかりだった。

加地「…今回は見逃してやる。けど次はないからな」

未知子「はーい」

妊娠してその変化を一番感じ取っているのは未知子自身だろうに。一番危機感がない彼女に呆れて返す言葉もない。そのまま何事も無かったかのように医局へと戻って行った未知子の後ろ姿を見ながら大きな溜め息をつくと後を追うように医局へと戻った。






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