ドクターX(cp)短編

□小さな愛の物語(後)
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未知子「何が必要なの?」

彼の要望を聞き入れ一週間ほど入院していたが。あれから出血もなく無事に正期産を迎えてから数日。入院するまでは仕事ばかりしていたので何も準備が出来ておらず色々と買い出しに来たのだが何が必要なのか全く分からない。

加地「そういう事は城之内に聞け」

博美「なんで私がベビー用品の買い出しに付き合わないといけないのよ」

加地「俺達にはさっぱり分からないからだ」

夫婦揃って買いにくる事が多いとはいえ大抵こういう買い出しは女の役目。だが未知子にそれは望めない。かといって自分も分からないので経験者である博美に同行してもらった。聞くより連れてきた方が早いという事と病院から呼び出しがあった時。安心して任せられるという理由もあったから。

未知子「城之内先生に全部任せるよ」

博美「任せられても困る」

未知子「なんで?ベビー用品にこだわりなんて無いから何でも良いよ」

博美「大門さんの子供でしょ。自分で選んでよね」

母親としての自覚があまりなかった彼女がこうして休みに入っただけでも進歩だとは思っている。だけどまだ"愛情"というものを感じ取れず何かと不安だ。だから少しでも自覚が芽生えるように彼女と共に時間を掛けて店内を回った。












博美「お腹張ってきた?」

一通り買い物を終え車へと戻ってきたのは買い物を始めてから二時間以上経ってからの事。彼の愛車には皆が乗れないという事もありレンタカーで来ているのだが後部座席に乗り込んですぐお腹を擦る未知子を見て問い掛けた。

未知子「何かさっきから痛い気がして」

博美「間隔は測ってるの?」

未知子「そこまでする感じの痛みじゃないから測ってない」

博美「間隔が不規則なら前駆陣痛だろうけど。こればっかりは判断出来ないわね」

未知子「時々痛いなって思うぐらいだから大丈夫」

加地「何かあったら早めに言えよ」

痛みが出たからといってすぐに産まれてくる訳ではない。痛みの間隔が定まるまでにも時間が掛かるし一定になっても産まれてくるまでは数時間掛かるのが普通だ。だから判断は本人に任せるが彼女の"大丈夫"は何かと不安なので一言だけ添え車を発進させた。


















未知子「もう!せっかく楽しんでるのに」

加地「何だよ突然」

博美「どうしたの」

お昼を食べたら帰るつもりにしていたのに彼女の要望で色んな店を見て回ること数時間。突然。不機嫌そうに足を止めた未知子に二人は視線を向けた。

未知子「お腹痛い」

加地「いつから」

未知子「お昼食べ終わってからずっと」

その言葉に二人は腕時計へと視線を落とす。未知子を気に掛けていたが特に変わった様子もなく長い時間ブラブラしており時刻は既に夕方だ。前駆陣痛の可能性もあるがこのまま本陣痛に繋がる可能性も無くはない。無駄足になるかもしれないがとりあえず病院には行くべきだと判断した。

加地「車回してくるから待ってろ。病院には俺から連絡しとくから」

博美「なら私は晶さんに連絡しとくわね」

加地「あぁ。頼む」

未知子「私は?」

「「座ってろ(て)」」

見事に被った二人の声。仕方なく近くにあった椅子へ腰を下ろした未知子はお腹へと手を当てる。その姿を横目に博美は晶へと電話を掛けた。痛みが出てから三時間以上。痛いとはいえまだ歩けているので軽く流していたが。一応間隔は測っておこうと時おり腕時計へと視線を向けつつ彼が戻ってくるのを待った。

加地「立てるか」

未知子「うん」

博美「ここからだと少し時間掛かるわよね?」

加地「混み具合にもよるけど四十分ぐらいは掛かるかもな」

未知子「それがどうかした?」

博美「車の揺れってお産を早めたりするのよね」

車独特の揺れが陣痛を促進させるのかお産が早まるケースも珍しくはない。初産だから時間が掛かるというのも統計の話であって実際のところは誰にも分からないので微妙な時間だなと思ってしまった。

未知子「大丈夫だって」

加地「いざって時は城之内に取り上げて貰え」

博美「麻酔科医の私より加地先生の方が適任だと思いますよ」

未知子「私が一番適任だと思うけど?」

加地「…お前が言うとシャレにならないな」

博美「本当にね。病院で無事に産める事を願っとくわ」

まだ大丈夫だという余裕と万が一があっても対処出来るだけの知識があるという余裕から冗談混じりに話をしていたが。やはり車の揺れは陣痛を促進させる効果はあったようで病院に近付くにつれて減っていく未知子の口数。その様子を何を言うわけでもなく二人は見守っていた。

加地「車イス用意させるか?」

未知子「……良い。歩ける」

痛みの波が来ているときは歩ける状態ではないが引いてしまえばまだ動ける。車から降りた未知子は一度大きく深呼吸すると痛みがくる前に産科へと向かった。

加地「あんなに颯爽と歩く妊婦なんてアイツぐらいだろうな」

博美「そうですね。でもこれからですよ」

呟くように言われた言葉に思わず笑ってしまったが本番はこれからだ。間隔が短くなるにつれて痛みの強さも増し動けなくなる。もう随分と前の事で痛みの記憶はないが生理痛とも腹痛とも違う痛みと長い時間戦っていた記憶だけは今でもハッキリと覚えていて。何とも言えない表情で未知子の後を追った。

看「お待ちしてましたよ。まだ余裕がありそうですけど間隔はどんな感じですか?」

未知子「十ッ……分は……切ってると思う」

看「先に内診しましょうか。こちらへどうぞ」

突然襲ってきた痛みに言葉を詰まらせてしまったがまだどこかに余裕がある。その場で痛みをやり過ごしてから案内された部屋へと入っていった。





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