ドクターX(cp)

□第4話 風邪
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加地「あれ。お前だけか?」

担当している患者の家族に説明を終え医局に戻った頃には既にお昼を過ぎていた。お金がない若手は勿論お金があっても時間がない医者は医局でお昼を食べる事が多く割りと騒がしいのだが何故か今日はほとんど人が居ない。

多古「えっとー。あの。何て言うか…」

普通に話を振っただけなのにアタフタし始める多古に原と同じ病気持ちかと思った矢先。視界に入った光景に絶句した。部屋の配置的に出入口の目の前がソファーになっているのだがそこに横たわっている人影。薄いタオルを頭まで被っているので顔は見えないが彼女の長い足がソファーからはみ出していた

加地「…なんだこれ」

多古「そんなの僕が聞きたいですよ〜」

回診やら何やらでバタバタしており医局へと戻って来たのが数十分前の事。扉越しから医局内がザワついているのが見え何事かと足を踏み入れたら既にこの状態だった。原が居たらまた状況は変わっていたかも知れないが今日は休み。海老名は居たが"疲れてるんだよ"と一言残し何処かに行ってしまい残されたメンバーは居心地が悪いと外へとお昼を食べに行ったのだ

加地「悪いけどお前も外で食べくれ」

多古「ぇっ…。はい!」

何だか良く分からないがいつもの穏やかな空気じゃない加地に慌てて医局を出る。二人だけの空間になった医局に走る妙な緊張感。普通なら邪魔だから退けと軽く言っているが過去に一度だけ見た事がある彼女の寝顔。それを誰にも見せたくなくて彼を追い出したが色んな意味で加地の心は穏やかではなかった

加地「デーモン。何寝てん…だ……ょ」

顔を隠してくれていてまだ良かったがここで寝ている事じたいが問題だ。こんな昼間から寝ている理由を問いただそうと顔に掛かっていたタオルを捲ったのだがその表情を見て心臓が大きく波打った

加地「!」

慌てて床に膝をつき手の甲で頬へと触れる。その手から伝わってくる彼女の体温は通常よりも遥かに熱い。呼吸の方も乱れている気がして手首を掴むと脈を取った

未知子「…大した事ないから」

加地「黙ってろ」

脈を測っている腕と反対側の腕を額に乗せ小さく息を吐く大門を横目に首に掛けていた聴診器を手に取りタオルの中へと手を忍ばせる。

加地「音聞くぞ」

コンプライアンスが徹底している今の時代。胸の音を聞くというのは相手が女性だと患者でも気を遣う。それが同じ現場で働く女性ともなれば互いに気まずさを感じるがそれを気に止める程の余力がないのか。彼女はタオルがズレないように気を使いながら服の裾を捲った。
普段当たり前のようにする行為なので言わずともその流れは理解している。何度か深呼吸を繰り返し聴診器が離れたタイミングで仰向けから少し体を捻り体勢を変える。背中なら多少見られても何も思わないのにズレたタオルを掛け直した加地は背中へと聴診器を当てた

加地「タクシー呼ぶから帰れ」

時期的にインフルエンザの検査ぐらいはしたいところだが朝姿を見掛けなかった事からそれぐらいは検査済みだろと踏みスマホを取り出す。だが彼女の長い手がそれを阻止した

未知子「オペが終わったら帰るから」

加地「そんな状態でオペさせられる訳ねぇだろ」

未知子「今、解熱剤飲んだから大丈夫」

解熱剤の持続時間を考えて朝は飲まずにいたがあと数分もすれば一時的に熱は下がるはずなので手術は可能だ。

加地「お前も医者だから分かるだろ。そうゆう問題じゃねぇんだよ」

未知子「分かってるけど…。お願い。加地ちゃん…」

スマホを握っていたはずの彼女の手はいつの間にか自分の手を握りしめておりその手に力が込められる。なのに声は消え入りそうなほど弱々しくて不覚にもドキリとしてしまった

加地「…ハァ。分かったよ。今回だけだからな」

幸いにも手術の第一助手は自分で第二が多古。麻酔に城之内とお馴染みのメンバーだ。とはいえ承諾してしまう自分が情けない。

未知子「ありがとう」

体が弱ると心まで弱ってしまうのかいつもの刺々しさがない彼女は本当に可愛く見えてもう一度溜め息をつくと大門が横たわっているソファーへと軽く腰掛けた

加地「もう少し寝てろ」

時計に視線を向けると昼休みが終わるまで残り僅か。時期に皆が戻ってくるだろうと胸元まで掛かっていたタオルを顔まで被せるとソファーの下に落ちていたノートを拾う。

未知子「…分かった」

そう返事を返したものの今日の手術の術式が綴ってあるノートに目を通している加地をタオルの隙間から覗き見る。そんな大門に気付く事なく加地は隅々まで目を通し彼女の考えを頭へと叩き込んだ






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