みじかいゆめ

□素直になれなくて
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最近、俺に付き纏う女がいる。

「丸井くん、おはよ!」

こいつは俺の事が好きで、登校中や休憩時間、部活中まで俺の側にいる。(ほんと神出鬼没)

「またお前かよ」
「一緒に学校行こうよ」
「うぜぇから俺に付き纏うな」
「だってわたし、丸井くんの事が好きなんだもん!」

顔を赤らめて、そんなこと言うこいつは本当にうざい。

「そういうのめんどくせぇから」

朝は、こうして俺の登校時間に合わせて、昼になれば手作り弁当を持ってくるし、差し入れには手作りのクッキーやらなんやら…毎日毎日、ほんと飽きねぇのかなってくらい俺に引っついている。

「そんな顔しなさんな、ブンちゃん」
「仁王」

あいつの肩に手を置いて、ニヤニヤしながら俺を見る仁王もめんどくせぇ。

「冷たいのう、ブンちゃんは」
「うるせぇ。仁王には、関係ねぇだろい」

そう言って、俺は二人をおいて一人で校舎に向かった。仁王は、毎回ああやって突然現れてニヤニヤして、何がしたいのか何を思っているのか分からないけど、一つ言えることは何か面白がってるってことだけ。何かは分かんねぇけど。
――昼休み、そろそろあいつがくる頃だ。しかし、いつになってもあいつの姿は現れなかった。部活の時も帰り道にもあいつは現れなくて、久しぶりに一人で帰るような気がする。次の朝もやっぱりあいつはいなくて、なぜ急に来なくなったのか分からなくて、何だかイライラモヤモヤする。

「今日はゆきちゃんと一緒じゃないんか」

仁王はやっぱりニヤニヤしていて、今はそれを見るだけでイライラしてくる。

「別に」
「ご機嫌斜めじゃな。愛想でも尽かされたんじゃろ」
「うるせぇ」

愛想尽かされた?俺のことあんなに好きって言ってたのに?俺が冷たくしたから?そんなことが頭の中をぐるぐる回って、仁王がまだ何か言ってたけど何も耳に入ってこなかった。やっぱり昼もあいつは来なくて、いつもはうまい購買のパンは何か喉に引っかかるみたいになって全然うまくない。そんな日が何日か続いたある日の放課後。部活に行く途中に仁王が部室とは違う方向に歩いて行くのを見つけて、不思議に思って後をつけた。

「あ、仁王くん」

それは聞き覚えのある久しぶりに聞く声で、どくんと心臓が跳ねた。

「遅くなってすまんな。これ、うまかったぜよ」

こっそり覗くと笑顔のあいつと、見覚えのある弁当箱をあいつに返す仁王がいた。

「ううん、そう言ってもらってよかった」

つい最近まで俺に向けられていた笑顔は今は仁王に向けられていて、楽しそうに話すあいつの姿にイライラする。

「ゆきちゃん」
「何?…仁王くん?」

あいつの手を仁王が握り、だんだん近くなる二人の距離に喉の下の方がぎゅうっと痛くなった。ぶつかる二人の唇に我慢出来なくて、気が付いたら二人の間に割って入っていた。

「ま、丸井くん!」
「ブンちゃん…、そんな怖い顔してどしたん?」

頭より先に体が動いて…なんか苦しくって。本当は、分かってた。だんだんあいつに惹かれていく自分がいて、優しく笑うあいつのことが好きで、来なくなった日から夜も上手く寝られなくなって、それくらい俺の中であいつが大きい存在になっていたことも分かってた。

「仁王、俺はこいつが好きだ」

もう遅いかもしれない。仁王とこいつは好きあってて、俺のことなんかもうどうだっていいかもしれない。でも、俺にはこいつが必要なんだ。

「知っとる」
「は?」
「まあ、後は上手くやりんしゃい」

クツクツ笑う仁王は、ひらひらと手を振って、「先に部活行っとくぜよ」と言いテニスコートの方へ向かった。

「あー、っと…どういう事?」
「えっと…仁王くんが押してダメなら引いてみろって…だから、丸井くんと会っちゃダメだって…」

仁王のやつ…。じゃあ、さっきのキスはなんなんだよ。

「お前さ、まだ俺のこと好きなの?」
「好きだよ!わたしは、丸井くんしか好きじゃないよ!」
「じゃあ、ほかの男とキスしてんなよ」
「あれは違うの!急に仁王くんにされて、わたしもびっくりして…」

ぐいっとこいつの腕を掴み自分の方へ引っ張ると、俺の腕の中にすっぽりとおさまる。俺の事を赤い顔で見上げてくるこいつの唇に自分の唇を重ねた。啄むようにキスをして唇をぺろりと舐めると、一層顔を赤くした。

「消毒」
「ま、丸井くん…」

また重なる唇に体が熱くなる。唇の割れ目から舌を忍ばせそれを絡め取れば、俺に一生懸命応えてくれようとするこいつがいて、唇の隙間から漏れる吐息は少し震えていた。

「まる、いくん…」

潤んだ瞳に荒い吐息。俺の服の袖をぎゅっと握るこいつは、こんなに可愛かったか?

「丸井くん…わたしの名前呼んで?まだ呼んでもらった事ないよ…」

そういえば、一回もこいつの名前を呼んだ事なかった。呼んでしまえば俺の何かが崩れそうで、最初っからこいつを気になってたことに気付きたくなくて…いくら酷い扱いをしても好きだ好きだって言って追いかけてくることが嬉しくて。

「ゆき…また、明日から俺のために弁当作って」

嬉しそうに笑うゆきを抱き締めた。

「うん。丸井くんのためにお弁当作ったりお菓子作ったりするから…わたし、丸井くんの事が大好きなの!」
「俺もゆきが好き」

抱き締めて何回もキスをした。俺たちが溶けて一つになりそうな熱いキスを。明日の朝は、俺がお前ん家まで迎えに行こうかな。


2013.05.07

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