みじかいゆめ

□奪われて
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その視線に気がつくまで、そんなに時間がかからなかった。最近いつも俺を見てる子がいて、他の子と変わらない普通の子なのに、俺はなぜか気になって仕方なかった。

「ゆき、お昼食べよー」
「うん。今日は天気いいから外で食べる?」
「賛成!」

聞こえてきた会話から、彼女の名前を初めて知る。クラスの女子の名前なんていちいち覚えてないし、気にもならなかったけど、なぜか彼女のことは気になって名前を知れたことすら嬉しく感じた。放課後、部活に行こうと席を立つとぽんっと俺の机の上に本が置かれた。

「丸井、これ返しておいてくれんかのう」
「はあ?自分で返せよ。てか、仁王って本とか読むのかよ」
「俺のじゃなか。柳生から頼まれたんじゃ」
「ふーん、っておい!勝手に置いていくな」
「ブンちゃん、頼んだナリ」

そう言って、勝手に本を置いてさっさと教室から出て行く仁王に苛立ちを覚えながら「仕方ねぇな」と重い腰を上げた。(後で何か食いもん買ってもらわねぇとだな)
――図書室に入ると誰もいなくて、俺は返却ボックスに本を入れて出窓に向かって座った。遠くからは他の生徒の声がして、静かな図書室から聞こえるそれは心地良くて、少しここでのんびりしたい気分にさせられた。何だか眠たくなってきた。うとうとしてると、ゆっくりドアが開く音が聞こえた。誰かが近づいてくる。

「…きれい…」

この声は…ゆきだ。すごく視線を感じる。すっかり起きるタイミングを見失ってしまった俺は、寝ているフリを続けるしかなくなってしまった。(なんか間抜けだな) てか、あんま見られると緊張する…その時、丸井くんと名前を呼ばれたと思ったら、ふわりと空気が動いて甘い香りが鼻を掠めた。同時に俺の唇には柔らかい感触。は?なに…キスされた?ゆっくり離れるゆきの腕を掴んで、唇に俺の唇を押し付けた。なんだろう、唇が離れたくないって俺の脳に指令を出したのか…この行動に自分でも少し驚いた。目を見開いて俺を見つめるゆきの唇は柔らかい。あー、ドキドキする。

「お前、変態だろい」
「ちがっ!てか、なんで…?」
「なんでって、お前からキスしてきたんじゃねーか」
「それはそうだけど…」
「だろい」

自然と口元が意地悪く歪む。顔を赤くして、わたわたしてるゆき。こいつ、自分からキスしてきたくせに何でこんなに慌ててんだろ。変な奴でおもしろい。勝手に口元が緩む。

「てか、お前さ」

ゆきがキスまでしてきて、絶対そうだと確信が持てた。

「いっつも俺のこと見てるよな?」
「えっ!」
「俺のこと、好きなの?」

さっきよりもっと赤くなるゆきを見て、嬉しくてたまらない。こいつの慌ててる姿、なんか好き。すると、突然ガラっとドアが開いて登場したのは柳。

「丸井、こんなところにいたか。部活遅れるぞ」

せっかくゆきと話せたのに部活か。何だか名残惜しい。俺は、柳が図書室を出たと同時にゆきの腕を引いて、耳元に唇を寄せた。シャンプーかな、いい匂いがする。

「キスしたんだから、責任とれよな。ゆきちゃん」

ちゅっと頬にキスすると、びっくりした表情をして何も言わないゆきに意味が分かってんのか心配になって、「部活終わるまで待ってろ」って言った。部活終わったら一緒に帰る!あー、楽しみ。なんか今だったら空も飛べるような気がする。(いや、無理だと思うけど、今はそんな気分ってことだ)そんな俺を見て柳がふっと笑った。

「なんだよ」
「珍しく上機嫌だな」
「別に普通だろい」
「丸井が彼女のことを好きな確率、98.9パーセント」

そんなことを呟きながら、ノートに何かを書き込む柳が変な奴な確率、100パーセントだ。「いいデータが取れた」と満足そうな柳を無視して、俺は鼻歌混じりに部活へと急いだ。早く一緒に帰りたい、そんなことしか頭になかった。部活が終わった瞬間、俺は着替えもせずジャージのまんま図書室に猛ダッシュした。早くあの子に会いたくて。


2013.06.06

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