みじかいゆめ

□少女マンガより甘い彼
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休日の昼下がり。天気がいいのに、暑いから外に出たくないと言う仁王の希望で、お部屋デートになっていた今日。もう何度来たか分からないほど行き慣れた仁王の部屋で、レンタルした少女漫画を持ち込み、くつろぎながらの大好きな読書タイムである。

「はあ…」

少女漫画を読み恍惚とした表情を浮かべ、今日何度目かのため息を漏らした。そんなわたしを、メンズファッション雑誌から顔の半分を覗かせ、半目で見る仁王。

「…なによ」
「何なん?そのうっとりした顔…」
「だって…この漫画に出てくる男の子が、かっこいいんだもん」
「そんな漫画ばっかり読んで…ゆきは俺に不満でもあるんか?」

不満なんて、そんなものあるはずない。きらきらした銀髪にきりっと切れ長の目、すっと通った鼻筋、薄い唇の横には妖しいホクロ。誰が見ても申し分なくイケメンな彼氏は、わたしには勿体なく贅沢だ。

「そんなこと言ってないじゃん…」
「じゃあ、そのうっとり顔やめるんじゃ」
「勝手になっちゃうの!」
「はあ…その漫画、俺に貸しんしゃい」
「えっ!仁王も興味あるの?」
「ある訳なか!どんなんか見るだけじゃ」

わたしの手から仁王の手に奪い取られた漫画は、パラパラっとページをめくられる。その綺麗な手に撫でられる漫画が少し羨ましい。(撫でられてはないか…)

「ふーん」

そう言った仁王の手が急にぴたっと止まる。すると、意地悪く口端を歪めた仁王がもう一度さっきとは違う声色で「ふーん」と言った。ニヤニヤという効果音が相応しいその笑い方に、わたしは嫌な予感がしてたまらない。

「ゆきはこーいうことされたいんか?」

わたしの方へ向けられた漫画のページは、まさにラブシーンの真っ最中であって、それをニヤニヤしながらわたしに見せる仁王の手から、わたしは素早く漫画を取り返した。

「べ、別にこういうシーンだけじゃなくてっ!もっと他にもいろいろあるの!」
「じゃあ、俺にこーいうことされてもドキドキせんの?」
「え」

声を発したと同時に視界が変わった。ゴンっと音がして、頭に鈍い痛みが走る。

「いったぁ…」

目の前には仁王とその奥には天井が見えて、一瞬フリーズした頭を無理矢理起動させた。程よく筋肉のついた腕がわたしの顔の両脇にあって、さらさらした銀色の髪がわたしの頬を擽る。

「…わたし…仁王のこの尻尾みたいに結んだ髪、好き」
「…おかしいのう。漫画の女の子は、押し倒されたら慌てとったんじゃが…ゆきのそういう反応、俺も見たいぜよ」

首をうなだらせて、残念そうにそう言う仁王がおかしくて笑ってしまう。男の子もそういうこと思うんだ。だって、押し倒されることなんて初めてじゃないし、ドキドキはするけど慌てたりはしない。

「仁王って可愛いね…」
「…嬉しくなか」

そう言いながらわたしから離れて、また雑誌を読み始めた。なんだか拗ねてるようにも見える仁王がおかしい。

「何、笑っとるん…」
「べつに〜」

じとっとした目でわたしを見る仁王は不機嫌丸出しで、いつもは大人っぽいのにこういうところは子供っぽい。

「やっぱり仁王は可愛い」
「だから、うれし…」

急に目を押さえて黙る仁王に、はてなマーク浮かべるわたし。

「どうしたの?」
「…目になんか入ったみたいじゃ」
「えっ!大丈夫?見せて」

手をどかせて仁王の目を覗き込めば、ブルーとグリーンが混ざった綺麗な色をした瞳がわたしを見る。そのキラキラした瞳に吸い込まれてしまいそうで、ドキドキした。

「ゴミとかは、入ってなさそうだけど…」

じっと見つめられたまま、なにも言わない仁王に少し慌てる。そんなに見つめられたら困るんですけど…顔が熱い。絶対、わたし顔赤くなってる。

「に、仁王…?」

ぐいっと抱き寄せられ、軽く触れる唇。ちゅっという効果音をたて離れたそれは、意地悪く弧を描いていた。

「赤くなって…ゆきはかわええのう」
「えっ?仁王、目は?」
「嘘じゃ」
「う、嘘!?なんっ」

もうこれ以上は何も言わせないとでもいうように、仁王はわたしをぎゅうっときつく抱き締める。だんだん苦しくなってきて、わたしに巻き付いた仁王の腕を叩くと案外すんなりと緩めてくれて、わたしは大きく息をした。

「も、もうっ!仁王!」
「やっぱり、かわええ」
「っ…ずるい」
「ほんまのことじゃもん」
「…に、仁王だけだよ…そんなこと言ってくれるの…」
「俺だけでええんじゃ」

ふっと笑うと額、瞼、頬にキスをくれる仁王にきゅんっと胸が鳴った。

「仁王、好き」
「雅治。そろそろ名前で呼んで欲しいのう」
「ま、まさはる?」

呼び慣れないそれに、擽たいような気恥ずかしい気持ちになる。でも、わたしが名前を呼んだときの雅治の表情が優しくて嬉しそうで、わたしまで自然と笑顔になる。

「雅治」
「ゆき」

ゆっくり顔が近付いてきて、目を閉じれば唇が重なる。それだけでドキドキしてうっとりして、わたしは雅治の言葉や行為に胸を高鳴らせる。

「ゆき…好きじゃ」

愛おしそうに撫でられる頬が熱い。何度も何度も触れるだけのキスをして、その合間に愛の言葉をくれる雅治は、少女漫画の男の子より甘い。


2013.07.29

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